第1話『花咲きたい!』
PART 2
梢 | あら、今の声は……? |
花帆 | うわあああん! |
梢 | あら。 |
花帆 | た、助けてくださいー! 恐ろしい怪物に追いかけ回されて! |
梢 | それって、あれのことかしら? |
花帆 | え!? あ!なにあれ、カワウソ……!? |
花帆 | なんでこんなところに!? |
梢 | この学校で飼っているカワウソね。 よく生徒会が餌をあげているのよ。 |
花帆 | あ、あはは……。 すみません、お騒がせしちゃって。 |
梢 | いいのよ。元気なかわいい新入生さん。 |
花帆 | か、かわいいとか、そんな。 |
花帆 | って、安心したら、足に力が入らな……。 |
梢 | まあ。 |
梢 | 保健室に連れて行ってあげるから、少しだけ、辛抱してくれる? |
花帆 | わ、わー!? |
花帆 | だ、大丈夫ですから!すぐ、すぐ立ちますから! 下ろしてくださいー! |
梢 | そう?どこかひねったりしていない? 少しでも気になるところがあるなら、ムリしちゃだめよ。 |
花帆 | は、はい……ありがとう、ございます……。 上級生の方って、ちからもちですね……びっくりしました……。 |
梢 | ふふっ、私は鍛えていますから。 |
梢 | ところで、あなたは山でなにをしていたの? |
花帆 | えーっと!その、脱走……じゃなくて! ちょっと道に迷っちゃって! |
梢 | そう、迷っちゃったの。大変だったわねえ。 |
花帆 | そうなんですよ!道がまだぜんぜんわからなくって! あははー! |
梢 | 山に入るためには、正門をくぐって敷地外に出るか、 あるいは高いフェンスを乗り越えなきゃいけないのだけれど、 |
梢 | ずいぶんと方向オンチさんなのねえ。 |
花帆 | え゛っ!? |
梢 | でもあなた、本当に運がよかった。 |
梢 | 実は毎年、遭難する新入生が百人もいて、 大半は行方不明になっちゃうの。 |
梢 | 私のクラスメイトも、ずいぶんと戻ってこなかったわ……。 |
花帆 | ええええええっ!?行方不明!?!? |
梢 | まあ、行方不明者は冗談としてね。 |
梢 | これに懲りたらもう山に入っちゃだめよ。 この辺りにはこわい動物も出るんだからね? |
花帆 | えっ、あっ。 は、はい……すみませんでした……。 |
梢 | よし、きれいになったわ。 |
梢 | せっかくの下ろしたての制服、あなたによく似合っているんだから、 大切に着てあげてね。 |
花帆 | あ、ありがとうございます……! |
梢 | それじゃあねえ。 |
花帆 | あああ、あの!手伝います! |
梢 | あら、心配しなくても、 |
梢 | あなたが脱走しようとしていたこと、 誰かに告げ口なんて、しないわ。 |
花帆 | わわわ!そ、そういう口止め的なやつじゃなくて! |
梢 | ふふっ。からかってごめんなさい。 |
梢 | じゃあありがたくご厚意を受け取ろうかしら。 |
花帆 | はいっ。 |
梢 | ほんとはね、部室まで運ぶのに、少し気が滅入っていたところなの。 |
梢 | 話し相手になってくれただけでも、とても助かったわ。 |
花帆 | あ、そうだったんですか。 えへへ、お喋りは大好きなので!お役に立ててよかったです! |
梢 | 手伝ってくれてありがとうね。 そういえばまだ名前も聞いていなかったわね。 |
花帆 | 花帆です。日野下花帆っていいます。 |
梢 | 私は乙宗梢、二年生よ。 |
梢 | さ、よかったら座って。 手伝ってくれたお礼に、お茶をご馳走させてもらえる? |
花帆 | わーい!ありがとうございまーす! |
梢 | それで、どうして脱走なんてしようとしたの? |
花帆 | えっ!?その話、終わったんじゃなかったんですか!? |
梢 | 原因を聞いておかないとね。 また同じことをされたら、私も責任を感じちゃうもの。 |
花帆 | うう、実はですねえ。 |
梢 | ……なるほどねえ。 つまり、自由がほしくて脱走をした、と。 |
花帆 | はい、梢センパイ……。 |
花帆 | でも、自由には手が届かなかったです……。 青空はどこまでも広がってるけど、遠いんです……。 |
梢 | すっかり夕暮れ空だけれど……。 |
花帆 | あの、センパイはどうですか? ここで一年過ごして……窮屈だったりしませんでしたか? |
梢 | ……自由って、目に見えるものだけじゃないから。 |
花帆 | センパイ? |
梢 | ねえ、日野下さん。 |
梢 | 今すぐにあなたの悩みを解決することはできないけど、 せっかく暇しているんだったら、もうひとつ、 お願いを聞いてもらってもいいかしら? |
花帆 | い、いいですけど。 それは……? |
梢 | ええ。 あなたの知らない世界を見せてあげる。 |
花帆 | 知らない世界……? あの、ここってそういえば、なに部なんですか? |
梢 | それはね──。 |
花帆 | スクールアイドルクラブ……? |
さやか | あれ、花帆さんもライブ見に来たんですか? |
花帆 | あ、さやかちゃん。 あたしは、その、センパイに誘われて。 |
さやか | そうですか。わたしも、部活巡りをしている最中、 ある先輩に声をかけていただいて……。 |
花帆 | そう、なんだ。 |
さやか | あ、ステージが始まるみたいですよ! |
花帆 | …… |
花帆 | すごい…… |
さやか | きれいですね、花帆さん! |
花帆 | うん……梢センパイ、きらきらに、花咲いている……。 |
花帆 | こんな世界、知らなかった……。 |
梢 | みんな、きょうは来てくれてありがとうね。 |
梢 | 次は、もうひとりのスクールアイドル、夕霧綴理のステージよ。 最後まで楽しんでいって。 |
さやか | ──! |
さやか | ああ、やっぱりすごいです、この人は……! |
さやか | これが、スクールアイドル……! |
花帆 | …… |
梢 | どうだったかしら。 |
花帆 | あ、梢センパイ……。 えと、あの、なんだか、すごくて……。 |
綴理 | 楽しんでもらえたら、よかったよ。 |
花帆 | あっ、えと。 |
綴理 | ボクは夕霧綴理。 こずと同じ、スクールアイドルクラブの二年生だ。 |
綴理 | ちなみに好きな教科は数学だよ。 答えが決まっているっていいね。 |
花帆 | あっ、はい、えっ? |
梢 | ごめんなさい、この子ちょっと距離感が独特でしょう。 |
梢 | でもステージ上のパフォーマンスは、とてもすばらしいのよ。 |
花帆 | あっ、はい、それはもう──。 |
さやか | あの……! |
花帆 | わっ。 |
さやか | お誘いいただいて、ありがとうございました! 夕霧先輩の舞台、本当にきれいで……! |
綴理 | ありがとう。褒められてうれしい。うん。 ここまでとは思わなかったけど。 |
綴理 | ……じゃあ、例の件は、考えてくれた? |
さやか | はい、わたし……。 |
さやか | 夕霧先輩にご指導お願いしたいです。 どうか、スクールアイドルクラブに入れてください!! |
花帆 | えっ──。 |
花帆 | ええええええっ!? そうなの!?さやかちゃん! |
さやか | はい、花帆さん。わたし、決めたんです。 |
さやか | せっかく、自分を変えるためにこの蓮ノ空にやってきたんですから、 この学校で、新しいことを始めてみよう、って。 |
花帆 | それが、スクールアイドルクラブ……? |
さやか | はい! |
綴理 | というわけで。 |
さやか | きゃっ。 |
綴理 | きょうからよろしくね、さや。ボクと一緒に、 スクールアイドルになれるよう、がんばろう。 |
さやか | は、はい!よろしくお願いいたします! |
梢 | ふふ、よかったわ、綴理。あなたの後輩ができて。 これで少しは上級生としての自覚が芽生えるかしら。 |
綴理 | そうだといいね。 |
梢 | あなたのことでしょうあなたの。 もう。 |
梢 | というわけでね、日野下さん。 今は私とこの子のふたりで、スクールアイドルクラブ活動をしているの。 |
綴理 | きょうから三人、うれしいなぁ。よしよしよしよし。 |
さやか | ちょ、ちょっと、夕霧先輩……。は、恥ずかしいです……。 |
花帆 | ……。 |
梢 | ねえ、日野下さん。 あなたがもしよかったらなんだけれど。 |
花帆 | えっ、あっ、あの、はい。 |
梢 | ……。 また来週にもライブがあるの。 |
梢 | だけど、見ての通り、ぜんぜん手が足りていなくて よければ、手伝ってもらえないかしら。 |
花帆 | あ……はい。 それぐらいなら、あたしでよかったら。 |
梢 | そう、嬉しいわ。 |
花帆 | あの! 2 |
梢 | ? 2 |
花帆 | ら、ライブ……素敵、でした。 3 |
花帆 | それだけは、言いたくて! それじゃあ、さようならー! |
花帆 | センパイ、すっごく輝いてた……。 それに比べて、あたしは……。 |
花帆 | ううん、あたしだってぜったい、あたしの花を咲かせてみせるんだ。 だから、そのために……! |