102期第1Part 第4話

~Shades of Stars~

第4話『Reflection in the mirror』後編

338 セリフ5 人物
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  1. 藤島 慈には、二面性がある。

  2. それはどちらかが偽で、どちらかが真ではなく、どちらも己自身。表裏一体、不可分の性根である。

  3. 愛嬌たっぷりのかわいらしい自分と、その内側に眠るマグマのような煮えたぎる感情。どちらかだけでは、藤島 慈にはならない。ふたつが無数の層となって、慈は形作られている。

  4. ただ、人生経験を積むごとに、後者の感情を慈は巧妙に隠すことを覚えた。特にタレント業を始めてからは顕著だ。

  5. 慈はどんな自分のことも好きだったが、わざわざ敵を増やすことはない。好感度にダイレクトに影響する要素を、うまく使いこなせるようになった。

  6. 先日、乙宗 梢に完全な本性を見せてしまったことを、慈はほんの少しだけ、後悔している。

  7. 『世界中を夢中に』

  8. かつて幼馴染みと交わした約束を勝手に振りかざされ、思わず目の前が真っ赤になった。

  9. おかげで、自分の人生設計にまた邪魔が入った。ただタレントとして復帰するだけなら、梢の介入などないほうがいいに決まっている。

  10. おまけに、梢次第でスクールアイドルを続けるとまで、明言してしまって……。さすがにあれは、言いすぎた。考えといてやる、ぐらいにしておけばよかった……。

  11. ただ、それでも。

  12. もしスクールアイドルというものが、慈の未来を切り開くその光になるのだと、梢が心の底から信じているのだとすれば。

  13. たった一度ぐらいなら、付き合ってやってもいいと、慈は思ったのだった。

  14. ついに、ライブステージの日が、やってきた。

  15. この日は、慈もちゃんとステージにあがるつもりだ。出場は、DOLLCHESTRA、スリーズブーケ、そしてみらくらぱーく!の順番。厳正なジャンケンによって、決定された。

  16. ライブ前、部室に集められた102期生を前に、沙知が笑顔で告げてくる。

  17. 沙知

    「いやー、みんな! この日のために、よく練習をがんばったね! 一足先にあたしからのプレゼントだ! あまりの感動に、泣くんじゃないぞ!?」

  18. そう言って、じゃーんと沙知は大げさにロッカーを開いた。

  19. そこにはなんと、4名分の衣装が入っていた。

  20. 沙知

    「どうだ! きょうのステージのための、衣装さ!」

  21. 綴理

    「おおー……」

  22. 拍手をしてくれたのは、約1名。きょうも素直で美しい夕霧綴理のみ。

  23. 慈は、白けた顔をしていた。

  24. 「そもそも沙知先輩、私たちの採寸をしてくれてましたよね。被服部の人と話しているとこ、何度も目撃しましたし……」

  25. 沙知

    「細かいことは気にしない!」

  26. 手のひらを突き出してくる沙知。それでも、いざ衣装を目の前に見せられると、さすがにテンションがあがった。

  27. 4人の衣装は、どれも同じく白を基調としたワンピース。スカートの先にいくほど桃色が濃くなってゆき、まるで桜の花びらのようだと思った。

  28. 「『Dream Believers』……」

  29. ん? と見やる。梢は衣装を前にして、固まっているようだった。

  30. 「え、なに?」

  31. 「……別に」

  32. 梢が目をそらす。その瞳が潤んでいた。リアクションを取れなかったのは、どうやら感極まっていただけらしい。

  33. 「あ、ひょっとして感動してる? これで念願のスクールアイドルになれましたわ~、って」

  34. 「うるさいわね……。だいたいあなたの物真似、似てないわよ」

  35. 腰に手を当てる沙知。

  36. 沙知

    「そう、乙宗ちゃんの言った通りだ。これはね、かつて蓮ノ空女学院がラブライブ!で優勝した名曲、『Dream Believers』の衣装なんだ。蓮ノ空を象徴する衣装と言っても過言じゃないね」

  37. 「へー」

  38. そう言われると、なにやらご利益があるような気もしてくる。

  39. 衣装はそれぞれ、微妙にデザインが違っている。スカートの形だったり、首回り、ベルトの形だったり。きっとユニットごとに作られているのだろう。

  40. 沙知

    「こっちが乙宗ちゃんで、こっちが藤島ちゃんのだ」

  41. 早速衣装を手に持って、鏡の前で合わせる。

  42. 「ん、いいじゃん!」

  43. たちまち気に入ってしまった。この衣装なら、自分の清楚可憐な魅力をじゅうぶんに引き立ててくれるだろう。

  44. 「なんだか……恐れ多いですね」

  45. 一方、梢はこわごわと衣装に触れる。

  46. 「まだなにも成し遂げていない私に、この衣装を着る資格があるのかどうか……」

  47. 沙知

    「おいおい、なに言ってるんだ、乙宗ちゃん」

  48. 沙知が指を振る。

  49. 沙知

    「きみは、スクールアイドルクラブに入ってくれたじゃないか。それが、まず最初にきみが成し遂げてくれたことだよ」

  50. 「……そう、ですか」

  51. ぜんぜん納得してなさそうに梢がうなずく。不本意にも、こないだ正面から意見をぶつけ合ったことで、またひとつ梢の理解度があがってしまった。めんどくせえ女だ、と慈は思う。

  52. 「いいじゃん、衣装なんてかわいければ」

  53. 「あなた……」

  54. 「じゃあ乙宗ちゃん、制服で踊ったら~? 私は着るけど☆」

  55. 綴理

    「ボクも、着たいな……」

  56. 「っ……。わ、私も、着ます!」

  57. ラブライブ!の名前も知らなかった女子ふたりが手を挙げると、梢も慌てて衣装を取った。やれやれである。

  58. それともうひとつ。してやったりのドヤ顔を崩さない沙知にも、ちくりと言っておかなければならない。

  59. 「まあ、衣装はかわいいんですけど、作るなら一言相談はしてほしかったですよね」

  60. 沙知

    「先輩ってのは、サプライズをするものだからねぃ」

  61. 腕組みしてウンウンうなずく沙知。ちょっとは悪びれろと思わないでもない。

  62. 沙知

    「あたしは衣装も作れなければ、曲も作れない!」

  63. 「なにができるんですか」

  64. 沙知

    「人の手を借りるのは、ちょっぴり得意なのさ!」

  65. 思いっきり胸を張る沙知に、堂々と言うことかなあ、と慈は首をひねる。

  66. 沙知

    「あと、ステージを作るのも、まあそれなりさ。今回はその暇がなかったけど、次のライブには、ぞんぶんに腕を振るってあげようじゃないか」

  67. 「まだデビューライブも終わってないのに、次の話ですか」

  68. 沙知

    「それでモチベが高まる子も、いるみたいだからね」

  69. 沙知が親指で差すと、衣装を抱いた綴理が、「次のライブ……」と夢を見ているような顔でつぶやいた。

  70. 前回の近江町市場のライブを通して、なにかを受け取ったらしい綴理は、今はひとつでも多くライブをやりたがっていた。

  71. しかも今回は、衣装を着て蓮ノ空の立派な音楽堂でのライブステージだ。さぞかし気分があがったことだろう。

  72. 普段、陰気で大人しいだけあって、心配も不安もなく朗らかな綴理を見ると、慈はなんだか得した気持ちになる。雨上がりに、虹を見つけたような。

  73. まあ、その一点だけで、沙知が相談なく衣装を作ってきたことは、よしとしてやろう。

  74. 沙知は明るく笑う。

  75. 沙知

    「さあ、102期スクールアイドルクラブの、お披露目だ。張り切って、元気いっぱいに、そして思う存分、楽しくやろうじゃないか!」

  76. 音楽堂には早くも、たくさんの生徒が詰めかけていた。

  77. 舞台袖から様子を窺っていた慈は、「おー……」と感嘆の声を漏らす。

  78. 「大人気じゃん、スクールアイドルクラブ」

  79. 「当たり前でしょう」

  80. 衣装に着替えた梢が、腕を組む。

  81. 「蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブと言えば、最近はあまり名前を聞かなかったけれど、名門中の名門。なんといっても、あのラブライブ!の優勝経験だってあるんだから」

  82. 「最近はあまり名前を聞かなかった」

  83. 復唱すると、先輩に流れ弾が当たった。

  84. 沙知

    「なはは……。あたしの代で復活できるように、がんばりたいねぃ……」

  85. 「そ、そういう意味で言ったわけでは」

  86. はめたわね、という顔で梢が睨んでくる。慈は目をそらした。

  87. 「ていうか」

  88. 改めて梢の上から下まで見やる。すると、梢が頬を染めてスカートの裾を押さえた。

  89. 「……な、なによ」

  90. にっこり笑ってやる。

  91. 「乙宗ちゃん、衣装すごい似合ってるじゃん☆ ちょーフリフリで、ワンポイントの帽子もいいね。めちゃくちゃスクールアイドルって感じ。雰囲気ぜんぜん変わるよ」

  92. 梢は身震いした。

  93. 「……あ、ありがとう……。あなたに褒められると、なんだか寒気がするわね……」

  94. 「授業もそれで受けたら? ちょっとは友達できるんじゃない?」

  95. 「だから、いますから! 友達ぐらい!」

  96. 今度は慈がポーズを取る。

  97. 「じゃあ、私はどう?」

  98. フリルのちりばめられた伝統の衣装をまとった慈に、梢が口を尖らせる。

  99. 「どうって、別に……」

  100. 「あれあれー?」

  101. 慈は両手を口元に当てて、思いっきりかわい子ぶったまま首を傾げる。

  102. 「乙宗ちゃんって、スクールアイドルにウソついちゃうのー? えー、不誠実ー☆ めぐちゃんかなしー☆」

  103. うぐっと梢がのけぞった、衣装と同じぐらい頬を染めて、なんとかうめく。

  104. 「っ…………わよ……!」

  105. 「えー? なになにー?」

  106. 「似合うと思う、わよ……!」

  107. 「聞こえなーい☆」

  108. 「今のは聞こえていたでしょう!?」

  109. しょうがない。これぐらいで許してやろう。

  110. お互いの衣装を褒める流れに、ここぞとばかりに沙知も参戦してきた。

  111. 沙知

    「では、あたしもご相伴にあずかろうかねぃ」

  112. 「似合っていますよ、沙知先輩」

  113. 沙知

    「おお、嬉しいじゃないか」

  114. 梢が真っ先に褒める。なぜそこは照れずにいけるのか、慈としてはちょっと納得いかないが。

  115. 沙知はDOLLCHESTRAの衣装を着ていた。背丈の低い沙知だが、スカートから覗く白のロングブーツと、高い位置で結んだ太めのベルトは、彼女のスタイルもよく見せていた。

  116. 「いいじゃないですか。ステージ映えしそうで」

  117. 沙知

    「ふふふ、褒められるのはいくつになってもいいもんだねぃ」

  118. 「まだ高校2年生でしょ、先輩……」

  119. そこへ、着替え終わった綴理が合流してきた。

  120. 綴理

    「お待たせ。どう、かな」

  121. 慈と梢が顔を向ける。直後、思わず絶句した。

  122. 綴理

    「……ヘン……かな?」

  123. 不安げに瞳を揺らす綴理に、慈は隣で固まる梢の様子を窺う。梢もまた、似たような表情を浮かべている。

  124. スクールアイドルクラブで活動して約1か月。今ふたりの心は、初めてひとつになった。

  125. 「ヘン、っていうか……」

  126. 「そ、そうよね……」

  127. 綴理

    「?」

  128. だめだ。認めるしかない。

  129. 「いや、良すぎでしょ……」

  130. 「夕霧さん、あなた……本当に、美人ね」

  131. 綴理

    「……ほめてくれてる?」

  132. 「正直、褒めるしかないっていうか」

  133. 「沙知先輩とはぜんぜん違うわ……」

  134. 沙知

    「おおーい!」

  135. 飛び上がって怒る沙知。慈は首を傾げながら屈み込んだ。

  136. 「あらあらどうしたのお嬢ちゃん。ここは高校生しか入っちゃだめなんだぞ☆」

  137. 沙知

    「覚えてろよ、藤島ちゃん……!」

  138. 悔しがる沙知には悪いが、さすがにレベチだ。『Dream Believers』のDOLLCHESTRA衣装は、まるで綴理専用にデザインされたかのように、彼女の長い手足を際立たせていた。

  139. なにより腰の位置が沙知とは2メートルぐらい違う。チョーカーとベルトとブーツのラインは、まさしく黄金比。踊るまでもなく、世界中を夢中にできそうな芸術品だ。

  140. 「来年度、後輩ちゃんが入ってきても、綴理ちゃんの隣に立つのは、そう簡単じゃないなあ……」

  141. うなる慈。よっぽどの美人でもない限り、めちゃくちゃ気後れするだろう。沙知が未来に先延ばしした呪いを解くのは、かなり手ごわそうだ。

  142. 梢は今もまだ、ぽーっとした顔で綴理を見つめている。肘でつつく。

  143. 「ちょっと、なに見惚れてるの」

  144. 「べ、別に、そういうわけじゃ」

  145. 「あんたひょっとして、面食い? いい趣味をしてますねえ、お嬢様☆」

  146. 「やめてくれないかしら!?」

  147. 威嚇する梢に、慈が笑う。

  148. そこで沙知がパンパンと手を打った。

  149. 沙知

    「さ、それじゃあそろそろ、あたしたちの出番だ」

  150. 沙知の掛け声によって、蓮ノ空女学院102期スクールアイドルクラブは、4人で円陣を組んだ。

  151. 沙知

    「きょうがあたしたちのデビューステージ。だけど、難しいことは考える必要ないよ。ここに来ているのは、学内の生徒がほとんどだ。気楽に、楽しんでいこう」

  152. 沙知は気負いもなく、笑顔でそう言った。ちょくちょく先輩としての余裕を見せてくるんだよな、このちびっこ……。

  153. まあ、だからこそ、なんだかんだ乗せられてしまうのだが。

  154. 「おっけ。沙知先輩も3曲連続、がんばって」

  155. 沙知

    「そうだねぃ、大忙しだよ! よっしゃ、みんな手を出してくれ!」

  156. 慈は同級生の様子を眺めた。

  157. 綴理は、ひょいと手を前に出した。ステージ自体は誰よりも経験を積んでいる彼女だ。ただ、きょうはいつもよりワクワクしているような気がする。誰かが隣に立つステージが、よっぽど楽しみだったのかもしれない。

  158. 梢は、どこか思いつめたような顔をしていた。人生に一度のデビューライブだ。さまざまな想いはあれど、決して失敗するわけにはいかないと、自分を追い込んでいるのだろう。

  159. 慈は……息を吸い込んだ。

  160. 我ながら、思った以上に緊張しているようだ。だが、別に必要以上に意気込む必要はない。こんなの、人生の寄り道だ。どっちみち、梢が慈の期待を上回らなければ、自分のスクールアイドルはここでおしまい。それなら、精一杯やりきるだけだ。

  161. 沙知

    「それじゃあ、蓮ノ空女学院、スクールアイドルクラブ! いくぞー!」

  162. 102期生が、一斉に声をあげる。

  163. ユニゾン

    「おー」「はい!」「いえーい」

  164. まるで合っていなかった。

  165. 沙知が「おいおい」と苦笑いし、そして、綴理を連れてステージへと向かった。

  166. 第一のステージ、DOLLCHESTRAの幕があがる。

  167. 披露されたのは、近江町市場近くのステージでも歌ったSparkly Spot。

  168. 曲が流れ、綴理と沙知がステップを踏む。切迫感と情熱のほとばしるままに任せた前回よりも、格段に安定度が増している。

  169. 練習を重ねて腕を上げたのは、綴理だけではなかった。沙知もしっかりと上達を見せている。身長差を逆手に取って、身振り手振りをダイナミックに使い、ステージでの存在感を発揮していた。

  170. すごい……。袖から眺めていて、思わず息を呑む。

  171. 慈から見ても、さすがにこのレベルには、まだまだ届かない。なによりもパフォーマンスに対する向き合い方が、おそらくぜんぜん違うのだろう。追い付くためには、いったいどれだけ練習をしなければならないのか……。

  172. ついそんなことを考えて、ハッとする。いやいや、届かないもなにも、自分のスクールアイドル活動はきょうまでなのだから、無用な心配だ。

  173. だが……、もしかしたら梢なら、自分の予想を上回るステージを見せてくるのではないか。そんな、焦りにも似た感情が胸に渦巻く。

  174. そのとき自分は、素直に負けを認めることに、なるのだろうか。

  175. あくまでも己の感情に蓋をして、梢を認められず、スクールアイドルクラブを去るだけなのではないか。

  176. 「……」

  177. 綴理のステージに目を奪われながら、慈は歯噛みする。

  178. 悔しかったのだ。自分がタレントを本気でやっていないと指摘されたとき、それは図星だと思ってしまった。

  179. 当時はもちろん、無我夢中だった。ひとりでも自分を応援してくれる人を増やすため、目の前の一事に、全力投球してきた。

  180. だが、徐々に余裕ができてきて、初期の衝動を忘れていった。大抵のことはうまくこなせたから、ほどほどに手を抜くことが愛されるための秘訣だと思い、ごまかし方だけがうまくなっていった。

  181. 梢が部屋まで押しかけてきたあの日、誰よりもまっすぐな目に射抜かれて、慈は自分の侮りを暴かれることが怖くなった。

  182. 必死に挑んでその夢が叶わなかったら、傷つくのは、自分だ。

  183. それでも、きっと。

  184. 『目指して努力を続ければ、いつかきっと、自分に誇れる私には、なれると思うから』

  185. 乙宗 梢は、どんなに傷ついたとしても、夢見ることをやめられないのだろう。

  186. なんて不器用な女だ。同情する。これからもずっと彼女は、苦しみ続けるに違いない。そしてそれ以上に、慈は梢が羨ましかった。己の決めた夢に殉ずることができる彼女が。

  187. きっと一握りの願いをつかみ取るのは、こういうやつだ。

  188. 熱に当てられたのだ。だから、もしかしたらと、思わされてしまった。

  189. 出番が近づいてきた。慈は袖でスタンバイしている梢を見やる。

  190. 悔しいから、なにも言ってやらないつもりだったのに。

  191. 梢の顔色は、真っ青だった。

  192. 「あんた……どうしたの」

  193. 「……いえ」

  194. 様子がおかしいのは、自分でもわかっているのだろう。胸を押さえながら、梢が小さく首を振る。

  195. 「私は、大丈夫。きっと、うまくやるわ」

  196. 「ちょっと」

  197. 肩を掴む。振りほどかれる。

  198. 「デビューライブだもの。この衣装を着て、みんなにも、あなたにも、無様な姿は見せられないわ」

  199. やがて綴理の出番が終わり、DOLLCHESTRAのふたりが舞台袖に戻ってくる。息を切らせた沙知が、燃料を蓄えるように給水する。

  200. 沙知

    「よっしゃ、それじゃ次はスリーズブーケだね。乙宗ちゃん、準備はできている?」

  201. 「はい」

  202. 「ちょ、ちょっと!」

  203. まだ言いたいことは足りなかったが、梢は慈の声を振り切ってゆく。

  204. 戻ってきた綴理が、どうしたのかと、わずかに眉を寄せる。

  205. 慈は、嫌な予感を覚えていた。

  206. どうして自分が梢のパフォーマンスを心配しているのかも、わからなかった。

  207. インターバルを経て、再び音楽が流れ出す。

  208. 客席からの歓声。そして、梢がマイクに歌を乗せる。

  209. Reflection in the mirror。

  210. 梢のパフォーマンスは、精彩を欠いていた。

  211. ただ練習の成果を発揮することだけに必死で、見ていて胸がかき乱されるようだった。

  212. 放課後、梢の練習に付き合って付き添ってやったとき、彼女が語っていた言葉を思い出す。

  213. 『この曲は、私が初めて蓮ノ空のスクールアイドルを見たときに、歌っていた曲なの』

  214. あの梢が、安らいだ微笑を浮かべながら。

  215. 『蓮ノ空を選んだのは、近隣のスクールアイドル部の中で、いちばんの実績があったから。でも、それだけじゃないわ。私は初めて聞いた曲に感動して……だから、ぜったいにスリーズブーケで活動をしたいと、思ったの』

  216. その瞬間だけは、ただひとりの少女のように、梢は微笑んでいた。

  217. 『デビューライブは、私の夢への第一歩。でも、ただそのためだけに挑むなんて、もったいないわ。ようやくスクールアイドルになれた喜びを、みんなにも知ってもらいたいから』

  218. 夜通し動画を見せられたときも、ずっと、梢は意志を示し続けてきた。

  219. 自分はスクールアイドルが好きだ。大好きだ、と。

  220. そんな乙宗 梢は今、ステージの上、一心不乱にもがいていた。

  221. まるで波にさらわれ、思うように泳げない魚のように。曲に振り回され、こわばった顔で喉を振り絞っていた。

  222. おいおい、と胸の内から声が漏れ出す。

  223. ずっとずっと練習してきたくせに、その何分の一だって表現しきれていない。

  224. 憧れていたスクールアイドルのデビューライブ。蓮ノ空の伝統の衣装。そして、慈との勝負。たくさんの想いを背負いすぎたせいだ。

  225. こんなことなら──あんな賭け、するんじゃなかった。

  226. 慈の夢なんて余計なものまで背負い込んで、プレッシャーに負けて自分の夢を壊すなんて、本末転倒すぎる。

  227. Aメロが終わり、慈は間奏の間、思わず声を荒らげた。

  228. 「なにやってんのよ!」

  229. 舞台袖から、ステージに声は届かない。

  230. それでも、叫ばずにはいられなかった。

  231. 「こんなのが、あんたのデビューステージなの!? あんたは、憧れのスクールアイドルになれたんでしょ!」

  232. あれだけ大口を叩いたくせに。BGMにかき消されながら、慈は怒鳴る。

  233. 「そんなんで、誇れる自分に、なれるの!? 乙宗 梢!」

  234. 目が合った、気がした。

  235. ゆっくりとした時間の流れの中、梢が慈を見て、目を見開く。まるで聞こえていたかのように、彼女は口を引き締め、そして、正面に向き直る。

  236. それが本当に起こった出来事なのかどうかは、わからない。

  237. だが。

  238. 梢は壁を突き破った。

  239. 『──』

  240. 声量が一段階、増す。

  241. まるで燐光をまとうように、梢の手足が輝き始める。

  242. 会場の熱気を、飲み込んでゆく。

  243. その場にいた者たちの五感を、奪い去る。

  244. 慈も、また。

  245. 焦りも怒りも不安もなにもかもが、ただひとつの純粋な夢への指向、衝動に塗り潰される。

  246. 綴理のステージを見たときと同じように。いや、それ以上に。

  247. 思い知らされる。

  248. これが、スクールアイドル。

  249. スクールアイドル乙宗 梢が、そこに誕生する。

  250. 迷いを振り切った彼女が歌うのは、夢への始まりの歌。

  251. 懸命な笑顔を浮かべながら、応援してくれる人のために。そしてなによりも自分のために、彼女は憧れの曲を、最後まで歌いあげる。

  252. 音楽堂に響く拍手は、しばらく、鳴り止むことはなかった。

  253. あっという間の出来事だった。

  254. デビュー曲を歌い終えた梢が、息を切らしながら、戻ってくる。

  255. 沙知

    「いやあ、いいステージだった! よしよし! 最後は、みらくらぱーく!だね!」

  256. 慌ててスタンバイを始める沙知。慈の隣には目を輝かせた綴理がいて、梢を出迎えた。

  257. 綴理

    「すごかった、おとむねさん」

  258. 「……ええ、ありがとう」

  259. まるで夢を見ているような顔をする梢に、綴理が目を細める。

  260. 綴理

    「おとむねさん。きみはやっぱり、スクールアイドルだ」

  261. 「……?」

  262. 心地よい疲労感の中、首を傾げる梢。

  263. 彼女はきっと無我夢中で、自分がなにを成し遂げたのか、わかっていないのだ。

  264. 「ごめん沙知先輩、ちょっと待っててもらっていい?」

  265. 沙知

    「ん? もちろん、いいとも」

  266. 慈は沙知にそう言ってから、梢の元へとやってきた。

  267. すると、タオルで汗を拭きながら、梢はなぜか不機嫌そうな顔をした。

  268. 「……それで?」

  269. 梢が慈に問いただしてくる。

  270. 「なにを言うつもり? ……私も、わかっているわよ。正直、最高のパフォーマンスだったとは、言えない。出だしは緊張しすぎて、ろくに声も出ていなかったし……。100点中、30点以下の、ステージだったわ」

  271. デビューライブを終えたばかりだというのに、少しも浮き足立たず、自分に辛口の点数をつける梢という女に、慈は気が抜けたように肩をすくめた。

  272. 「わかってんじゃん」

  273. 「……ええ。もっともっと、精進しなければならないわ。それで?」

  274. 「約束のこと」

  275. 「約束……?」

  276. 梢はほんの一瞬眉をひそめて、それから、ああ、と思い当たった。

  277. 「そういえば……そうだったわね」

  278. 「呆れた。忘れてたの?」

  279. バツが悪そうに目をそらす梢。

  280. 「途中までは覚えていたはずだけど……でも、夢中だったから」

  281. 「ひとりで楽しんでたってこと?」

  282. うっ、と梢は言葉を詰まらせる。

  283. 「……そうよ。だから、30点だって言ったでしょ……!」

  284. まったく。本当に、この女は。

  285. 悔しそうに歯噛みする梢の肩に、手を置いた。

  286. 熱い。そこから伝わってくるものが、確かにある。

  287. 「じゃあ、今度は私のこと、見ててよ」

  288. 笑いかける。

  289. 「スクールアイドル藤島 慈のデビューライブ」

  290. 怪訝そうに、問い返された。

  291. 「……それって、あなた」

  292. 声には出さず、告げる。

  293. あんたが自分自身をどう思うかは知らないけど、私にとっては100点のライブだったよ。

  294. なんたって。

  295. この藤島 慈を、夢中にしてみせたんだから。

  296. 「いこ、沙知先輩」

  297. 息を整えた沙知が、慈の隣で大きくうなずく。

  298. 沙知

    「よし! それじゃあ、大成功できょうのライブを締めくくろうじゃないか!」

  299. 「あったりまえ」

  300. 慈は笑って、スポットライトの下に歩み出てゆく。

  301. 背を伸ばし、正面を見据え、迷いを振り切った顔で、堂々と。

  302. 「世界中を夢中に、してやろうよ。沙知先輩」

  303. みらくらぱーく!の伝統の曲。『アイデンティティ』。慈の歌声が、音楽堂に──。

  304. この世界に、高らかに響き渡った。

  305. ライブの後、部室に戻って軽い打ち上げが開かれた。

  306. 沙知

    「かんぱーい!」

  307. ソーダ水が並々入った紙コップを持ち上げ、沙知が笑う。

  308. 沙知

    「いやー、いいライブだったねぃ! 102期の始まりとして、申し分なかったよ! 夕霧ちゃんも、乙宗ちゃんも、藤島ちゃんも、よくがんばった! ……って、きみたち紙コップはどうしたんだ!?」

  309. 3人の前に置かれているのは、それぞれ水のペットボトル。

  310. 「すみません、私はまだ、飲みかけなので、炭酸があまり好きではないので」

  311. 綴理

    「ボクも」

  312. 「私は、ちょっと今は気分じゃないなー」

  313. 沙知

    「そ、そうかぃ……。まあいいじゃないか、きょうはおめでたい日だ! ウン!」

  314. まるで自分に言い聞かせるようにうなずく沙知。ほんの少しだけ、哀れに感じてしまう。

  315. 梢は少し考えた後、おずおずと口を開く。

  316. 「……あの、もしよかったら、部室にティーポットを置いてもいいですか? 私の、趣味なので」

  317. 沙知

    「おお? 構わないよ。きみたちの部室だからね、好きに使ってくれ!」

  318. 綴理

    「あ、じゃあお菓子置いててもいい?」

  319. 沙知

    「いいとも!」

  320. 「えー、じゃあ私、寝袋置いとこうかな。眠くなったときのために」

  321. 沙知

    「そこまで好きに使われても困るねぃ!?」

  322. 悲鳴をあげる沙知に、慈が笑う。

  323. 梢も慈も、どちらも言い出さなかった。今回の勝負の結果がどうであったか、と。

  324. ただその代わり、慈が高らかに水のペットボトルを掲げる。

  325. 「そんじゃ、ま、3年間、このメンバーでがんばっていこー!」

  326. 沙知

    「おー!」

  327. 紙コップを掲げたのは、またも沙知ひとり。

  328. 沙知

    「きみたち! こういうときはカンパイするものだよ!」

  329. 綴理

    「このお菓子、おいしいね」

  330. 「そうね」

  331. 沙知の持ってきた、まねっこドーブツをつまむ綴理と梢。まるで先輩の話を聞いていないその態度に、沙知が笑いながら怒筋を浮かべる。

  332. 沙知

    「この、問題児どもー!」

  333. その夜、慈の元に一本の電話がかかってきた。

  334. それは遠い空の下、今もひたむきにがんばる幼馴染みからの電話だった。

  335. 近況報告を交わした後、慈は思い出したように告げる。

  336. 「そうそう。私ね、新しいことを始めたんだ」

  337. 目を細め、まるで野良猫のように笑う少女は、とびきり嬉しそうに告げた。

  338. 「るりちゃん、『スクールアイドル』って、知ってる?」