第3話『雨と、風と、太陽と』
PART 2
花帆 | 失っ礼しまーす! |
花帆 | きょうも、特訓よろしくお願いしまー……す? |
梢 | 日野下さん。 |
花帆 | は、はい? |
梢 | 座って頂戴。 |
花帆 | ええと、あの……はい。 |
梢 | ここ最近、練習がんばっているわね。 |
花帆 | ええ、まあ……。 |
梢 | しっかりと練習風景も配信しているみたいだけれど。 |
梢 | ところであなたは、配信する以外にも自分のチャンネルを確認しているかしら。 反応だとか、コメントだとか。 |
花帆 | えっ!?ご、ごめんなさい……。 最近はぜんぜん見ていないです……。 |
花帆 | 応援してくれる人は、 優しいことを言ってくれるってわかっているんですけど…… |
花帆 | で、でも、再生すると自分のダメダメなところばっかり、 目に入っちゃって……! |
梢 | そう、やっぱり。 |
花帆 | も、もしかして、炎上とか!してました!? 蓮ノ空にふさわしくないスクールアイドルがいる、って!? |
梢 | え? |
花帆 | してたんですね!?やっぱり! あたしいったいどうすれば!?やっぱり学校を辞めるしか!? |
梢 | お、落ち着いて、日野下さん! 違う、違うの!見て、これ! |
梢 | 日野下さんが、 今週の『注目スクールアイドル』として、 名前があがっているの! |
花帆 | え……え!? |
花帆 | ほ、ほんとだ……。な、なんで……? これって、悪い意味じゃ、ないんですよね……? |
梢 | ええ、もちろん。 |
梢 | 毎日ひたむきにがんばっているあなたの姿を見て、 たくさんの人が『次のライブが楽しみ』ってコメントをしてくれているわ。 |
梢 | 誰かに評価してもらうために、 あなたが努力をしているわけじゃないことは知っている。 |
梢 | だけれど、 あなたの努力はどこかの誰かにしっかりと届いているのよ。 |
梢 | 私も先輩として誇らしいわ。 |
花帆 | あたしの、努力が……。 |
梢 | そこで、もうひとつあなたに言うことがあって。 今度のライブの衣装のことなのだけれど。 |
梢 | 蓮ノ空の、伝統の衣装を着てステージに立ちましょう。 |
花帆 | えっ、へっ!? |
梢 | 実は、陰ながら準備はしていたの。 だけど、あなたがどのぐらい真剣に練習に取り組むかわからなくて。 |
梢 | それもこれも、すべて杞憂だったわね。 |
花帆 | 伝統の衣装って、その、代々受け継がれてきたっていう。 |
梢 | ええ。私も、初めて袖を通すわ。ずっと、夢だったの。 ふたりでステージにあがるのが、今から楽しみね。 |
花帆 | む、むりですよセンパイ! そんな、あたしなんかじゃ、まだ! |
梢 | 練習を始める前も、そう言っていたわねえ。 次のライブは二年後がいい、って。 |
花帆 | そ、それと、これとは! |
梢 | どう違うの? |
花帆 | うっ……それは~……。 |
梢 | 心配しないで。大丈夫よ。 あなたも、立派な蓮ノ空のスクールアイドルなんだから。ね? |
花帆 | ううう~~!わ、わかりました……! あたし、がんばりますからぁ! |
花帆 | あたし、がんばらないと~~~!!! |
梢 | 日野下さん!? それはちょっと、がんばりすぎかもしれないわ!? |
花帆 | がんばらなくっちゃ……もっと、もっと……! |
花帆 | と、というわけで、きょうはここまでです~……。 |
花帆 | ライブの日も、いよいよ明日に迫ってきましたので、 どうぞ応援よろしくお願いしますね~! |
梢 | おつかれさま、日野下さん。 コメントも盛況ね。 |
花帆 | え、えへへ……そうですね。 |
梢 | 正直なところ、初日のあなたが500メートルもいかないうちから 『もう無理です走れません~』って音を上げたときには |
梢 | ちゃんと最後までがんばり通してくれるとは、 思いも寄らなかったわ。 |
花帆 | あはは……。あたしもです。 っていうかあたし……。 |
花帆 | 自分がこんなにちゃんと努力できるなんて、知りませんでした。 受験のときも、確かにがんばってはいたんですけど……。 |
花帆 | あのときは結局、 なんだかんだ理由をつけてサボったりしちゃってましたし……。 |
梢 | それは、厳しい先輩がいなかったからね。 |
花帆 | そうですね! |
花帆&梢 | あはは。 |
花帆 | ……ちょーっと、あたしのこと、 話してもいいですか? |
梢 | ええ、聞きたいわ。 |
花帆 | あたしのおうち、けっこう過保護なんですけど…… それって、元はというとあたしの責任だったりして。 |
梢 | あなたの? |
花帆 | ねえ、お母さん。 きょうはお外に遊びに行ってもいい……? |
花帆母 | まだ、だーめ。 お熱、下がっていないでしょ? |
花帆 | うん……。ケホッ、ケホッ! |
花帆 | 子供の頃、ちょっと体が弱くて……。 何度か、入院したこともあったんです。 |
花帆 | あ、中学校にあがったくらいからはぜんぜん大丈夫になったんですけど! |
花帆 | 大丈夫になったんですけど…… お父さんとお母さんにとっては、あたしは小さな頃のまんまみたいで。 |
花帆 | あたしはあれもやりたい、これもやりたいって思ってても、 結局できなくって。 |
花帆 | 無茶してまた熱出したりしたら、 両親が心配しちゃうからって。 |
梢 | そうだったの。 |
花帆 | うち、お花を作ってるんです。 ラナンキュラスって言うんですけど、すっごくきれいなんですよ。 |
花帆 | 春になると、パステルカラーみたいな淡い色合いが、 ばーっと咲き誇って! |
花帆 | あたしの花帆って名前も、 そのお花からイメージしてつけてくれたんです。 |
花帆 | 窓から眺めるお花が、とってもきれいで……。 だけど、昔のあたしは、その景色があんまり好きじゃなくって。 |
梢 | ……それは、どうして? |
花帆 | 育てられたお花って規則正しく咲いているじゃないですか。 |
花帆 | でも、あたしって病気がちだったから、 学校でも遊びに入れてもらえないことがあって……。 |
花帆 | 自分は、あんな風にキレイには咲けないような気がしていたんです。 |
花帆 | 自分の名前も……なんか、ちゃんと正しく育つように、 って期待されているみたいで。ちょっとニガテでした。 |
梢 | そんなあなたが、変わったきっかけがあったのね。 |
花帆 | はい! |
みのり | ねえねえ、お姉ちゃんお姉ちゃん! ちょっとお散歩しようよ! |
花帆 | えー。 どうしたの、急に。 |
ふたば | ね、ちょっとそこまでだから、お姉ちゃん。 |
花帆 | もう、ふたばまで。 |
花帆 | 勝手に山に入ったーって、 怒られても知らないんだからね。 |
ふたば | あとちょっと。 |
みのり | ねえねえ、早く早く! |
花帆 | なに、もー。 |
花帆 | お花畑だ……。 |
ふたば | お姉ちゃん、見て見て。 |
みのり | ほら! |
花帆 | これって……ラナンキュラス?でも、どうして。 ふたりが、育てたの? |
ふたば | ううん。 |
みのり | きっと、種から育ったんだよ! この一輪だけ! |
花帆 | こんなことってあるんだ……。 すごい……きれい……。 |
花帆 | ラナンキュラスって普通は温室で育てるから、 自生していることなんて滅多にないんですよ。 |
花帆 | なのに、咲き誇っていたんです。 |
花帆 | まるで『あたしはここだよ』って言うみたいに。 ただ自分のために、あんなにきれいに……。 |
花帆 | それを見てあたし、思ったんです。 大事なのは、ちゃんと『花咲くこと』なんだって。 |
花帆 | 右に習えで咲くことでもなく、みんなと同じように咲くことでもなくて。 ちゃんと花咲くことが、いちばんすごかったんだ。 |
花帆 | だから、山で育ったあの一輪の花だって、温室で育てられた花だって、 みんなみんな、すごいんです。 |
花帆 | あたしも、花咲きたい。 トクベツじゃなくたって、あたしだけの色で、あたしだけのお花を。 |
花帆 | す、すみません! なんか、たっぷり喋っちゃって! |
梢 | ううん。よかったわ。あなたの想いが知れて、嬉しかった。 ありがとうね、日野下さん。 |
花帆 | え、えへへ……。 あたしも、梢センパイに聞いてもらえて、嬉しかったです……。 |
花帆 | 楽しいライブにしましょうね。 |
花帆 | あたしたちと、見てくれる皆さん全員の笑顔で、 お花畑を作るような、そんなステキなライブを。 |
花帆 | そのために、朝練もいっぱいいっぱいがんばったんですから! |
梢 | ふふ、そうね。 一日も遅刻せず、本当によくがんばったわね。 |
梢 | それじゃあきょうの練習はここまでにしましょう。 後は、体を休めるのよ。 |
花帆 | えっ、でもまだ練習メニューが! |
梢 | 疲れを取るのだって、立派な練習。 聞き分けて頂戴。さ、また明日。 |
花帆 | 梢センパイ……。 あの……あたしやっぱり、もうちょっと走ってから帰りますね! |
梢 | あ、ちょっと。 |
梢 | ……もう。 なんにだってすぐ、一生懸命になっちゃうんだから。 |
梢 | 後輩って、手がかかるけれど…… かわいいのね。 |