第3話『雨と、風と、太陽と』
PART 1
梢 | というわけで、当面の目標を定めたいと思うの。 |
花帆 | 目標、ですか? |
梢 | ええ。せっかく練習をするのなら、 その成果をたくさんの人に見てもらいたいでしょう。 7 |
梢 | モチベーションを保つためにもね。 3 |
花帆 | なるほど、確かにそうですね! |
花帆 | では、あたしが卒業する直前の、 再来年の十二月ぐらいにライブをする、ということで……。 |
梢 | お待ちなさい。 |
花帆 | だってあたし、まだまだですから! それぐらいいっぱい練習しなくっちゃ! |
梢 | これはなかなか重症ね……。 |
梢 | いい?日野下さん。 |
梢 | 最初から完成度の高いパフォーマンスを見せられたら、それは確かに理想的だわ。 |
梢 | だけど、そのためにあなた自身の楽しさを我慢する必要はないの。 |
花帆 | あたしの、楽しさ……。 |
梢 | 一週間も連続でライブするぐらい好きなんだから。 ライブを二年も我慢するだなんて、本当は嫌でしょう? |
花帆 | ううう……はい、ライブしたいです……。 |
梢 | だったら、目標を定めて、 それまでにみっちりと練習をしましょう。 |
梢 | まだスクールアイドルになったばかりなんだもの。 今の時期は、やればやるほど得るものがあるわ。 |
梢 | ほんの数日でも、見違えるほどにね。 |
花帆 | たった数日……。えっ、ライブの予定日ですか!? 早すぎませんか!? |
花帆 | しかもこれ、市の開いているライブイベントって、 規模大きくないですか!? |
梢 | 市内から大勢のスクールアイドルが参加する催しよ。 たくさんの人に成果を見てもらう、いい機会ね。 |
花帆 | それは楽しそうですけど……!あ、でも!ほら! 蓮ノ空って学校外には出られないんですよね? |
花帆 | だったらむりなんじゃないかなーって! |
梢 | 問題ないわ。 部活動として正式な理由があれば、ちゃんと外出許可も出ますから。 |
梢 | この大会では、見る人の投票で順位もつくから。 出るからには、上位入賞……いえ。 |
梢 | 一位を目指して、がんばりましょう! |
花帆 | うううう……!わ、わかりました! がんばりますってば!楽しいライブのために!おー! |
梢 | その調子、その調子。 |
梢 | では、こちらが私が組んだ練習メニューよ。 きょうからしばらく、猛特訓ですからね。 |
花帆 | あーもう!どんとこいですよ! 矢でも盾でももってきてください! |
花帆 | ……えっ!? あ、あの、センパイ……これ一週間分のメニューですか……!? |
梢 | もちろん、一日の内容よ。 私が中学生のときにこなしていたメニューをまとめてみたの。 |
梢 | まずはこれぐらいから始めてみましょうね。 |
花帆 | ……あたし、やっぱり今のままでも……! |
梢 | なにか? |
花帆 | いえ!!がんばります!!! |
さやか | おはようございます。 きょうは早いですね、花帆さん。 |
花帆 | うう、さやかちゃん~……おはよ~……。 |
花帆 | あのね、あたし生まれて初めて『朝練』ってやっているんだ……。 お布団の時間を削って体動かすとか、意味わかんないよね、へへへ……。 |
さやか | わたしも朝の練習はずっと続けていますけど……。 |
花帆 | そ、そうなの!?世界であたししかやってないんだと思ってた……。 すごいね……。みんな、すっごくがんばってるんだね……。 |
さやか | ふふっ。 最近は、花帆さんもがんばっていますよね。 |
花帆 | まあ、うん、まあね~……。 おかげで毎日筋肉痛~……。 |
花帆 | そっかあ、 さやかちゃんは昔からこんなに大変なことをしていたんだねえ……。 |
花帆 | 偉い子だねえ……。 だからさやかちゃんは上手なんだねえ……。 |
さやか | そんな、おばあちゃんみたいに……。 |
花帆 | うん、でも、いちおーはがんばるって決めたから……。 弱音を吐きつつも、がんばっていきますので! |
さやか | はい、応援しています! わたしもできることがあれば、なんでも協力しますから。 |
花帆 | ほんとに?ありがとう! |
花帆 | だったら、あたしのかわりに朝練してくれるっていうのは~……。 |
さやか | 無理です。 |
花帆 | だよねえ~! |
花帆 | よっし、放課後だ! |
えな | 花帆ちゃんはこれからスクールアイドルクラブ? |
びわこ | 途中まで、一緒にいこ。 |
花帆 | うん、だけどその前に、購買部寄ってこ! |
しいな | 購買部? |
花帆 | 注文していたマンガが届いたの!あたしずっと楽しみにしてて… |
梢 | さ、日野下さん。練習に行きましょう。 |
花帆 | えええ!?こ、梢センパイ!? |
花帆 | でもあの、あたし、ちょっと購買に寄らなくちゃいけなくて! その、生活必需品が! |
梢 | マンガなら、購買部が取り置きしておいてくれるから、 大丈夫よ。 |
梢 | そうね、ならライブが終わった後のご褒美にするのはどうかしら。 ライブまで、さらにがんばる理由ができたわねえ。 |
花帆 | そ、そんな餌をぶら下げられなくても、がんばりますから! せ、せめて30分だけでも! |
花帆 | いえ、10分、10分でいいですから先にー! うわーん! |
えな | 先輩、きれいで優しそうな人だと思ってたけど…… |
びわこ | ひょっとして……すっごく厳しかったりする? |
しいな | 大丈夫かな?花帆ちゃん……。 |
花帆 | ぜぇ、はぁ……ぜぇ、はぁ……。 |
梢 | ふう、それじゃあしばらく休憩ね、日野下さん。 |
花帆 | 梢゛セン゛パイ゛……。 |
梢 | 滋養強壮のドリンクを作ってきたから、よかったらどうぞ。 |
花帆 | わぁ、ありがとうございますぅ……。 |
花帆 | ごれ゛苦いですぅ゛……。 |
梢 | そうね、でもとっても体にいいのよ。 ……どうしても口に合わなかったら、残しても構わないけれど。 |
花帆 | うう゛……。 これもライブのため、みんなのためぇ……。 |
花帆 | ご馳゛走゛様゛です……。 |
梢 | よろしい。 |
梢 | ごめんなさいね、日野下さん。 |
花帆 | ふぇ?なにがですか? |
梢 | やっぱり、もう少し早く、どうしたいのか聞くべきだったかしら、って。 そうすれば、あなたももうちょっと余裕をもって練習できたと思うの。 |
梢 | よかれと思って放任していたのだけれど、 どうしても私は、もっといいやり方があったんじゃないかって、 後から考えちゃうのよねえ……。 |
花帆 | だ、だめですよ! |
梢 | えっ? |
花帆 | 梢センパイがそんな風に優しくしてくれると、 あたし、際限なく甘えたくなっちゃいますから! |
花帆 | う、嬉しいですけど!でも、だめです! ちゃんとライブが終わるまでは、あたしに対して、厳しくしてください! |
梢 | なあにそれ。面白いこと言うのね。 |
花帆 | か、かといって今より厳しくされるとへこたれちゃうので、 今ぐらいがちょうどよく……! |
花帆 | い、いえ、もうちょっと厳しくされても、 大丈夫だとは、思いますけど……。 |
梢 | そう?じゃあさらに手厳しく……。 |
花帆 | ぴっ。 |
梢 | なんて、言わないわ。オーバーワークは怪我の元。 今だって、かなりギリギリなんだから。 |
梢 | もう少し休憩していてね。 |
花帆 | ほっ…………。 2 |
花帆 | あ、えっとそういえば、今回のイベント。 |
花帆 | 蓮ノ空のスクールアイドルとして参加するのに、 出るのはあたしと梢センパイだけなんですよね? |
梢 | ええ。 綴理たちは、まだしばらく練習期間を設けるみたい。 |
花帆 | さやかちゃんから聞いたんですけど、不思議ですよね、 学校の中でユニットがいっぱいあるって。 |
梢 | 蓮ノ空には、もともと3組のユニットがあったの。 だから、それに倣っているのよ。 |
花帆 | こないだ言っていた、芸楽部の先輩方ですね! |
花帆 | あれ?3組のユニットってことは、あたしたちと、綴理センパイたちの他に、 もう一組いるんですか? |
花帆 | でも、他に部員っていませんよね? |
梢 | そうね。今は、いないかしらね。 |
梢 | 蓮ノ空には、ユニットの名前や曲、それに衣装。 様々なものが伝統として受け継がれているの。 |
梢 | 今も、蓮ノ空というだけで応援してくれる人が多いのは、 そのためなのよ。 |
花帆 | なるほど、愛されているんですね! |
梢 | 実は、私にも。 |
梢 | 蓮ノ空とは別の学校だけれど、 憧れていたスクールアイドルがいるの。 |
梢 | かつて、その活躍で廃校の危機を救った、私が初めて見たスクールアイドル。 すごく輝いていて、私もあんな風になれたら、と夢見たの。 |
梢 | 蓮ノ空に来たのは、 近隣の学校では一番スクールアイドル活動に力を入れていたから、 だったのだけれど。 |
梢 | いつしか、この学校で先人たちの想いに触れて、 彼女たちが積み重ねてきたものを知って、蓮ノ空が大事になっていったわ。 |
梢 | 今では、この学校でスクールアイドルをしていることが嬉しくて、 私の誇りなの。 |
花帆 | この学校でスクールアイドルすることが、 誇り……。 |
梢 | ええ。 |
花帆 | だったらあたし…… やっぱり、もっと練習しなきゃですよね!? |
梢 | わ。 |
花帆 | だって、綴理センパイや梢センパイはもちろん、 さやかちゃんだって上手なのに、あたしだけまだまだだったら……。 |
花帆 | それって、恥ずかしいことですよね!? |
梢 | 前にも言ったと思うけれど、あなたの魅力はちゃんと他にあって。 |
花帆 | でも……。 |
梢 | ごめんなさい、余計なことを言ってしまったかしらね。 |
花帆 | そんなこと……。 |
花帆 | ただ、みんなスクールアイドルをがんばる理由があるんだな、って、 改めて気づいただけっていうか……。 |
花帆 | それなのに、あたし……。 |
梢 | もどかしいかもしれないけれど、 今は、目の前のメニューを一歩一歩、着実にね。 |
梢 | それがあなたにとっては、いちばんの近道なんだから。 |
花帆 | うううううう、あたし、とにかくがんばります!! |