第5話『顔を上げて』
PART 2
(さやか) | 最初は、なんでダメなのかも分からなかったんです。 ある時から全然点数が伸びなくなって。 |
(さやか) | 技に失敗したわけでもなくて、ちゃんとこなせたはずで、 なのに他の子よりも点数が低く出たんです。 |
(さやか) | どうしてなのか分からないままにはしておけなくて、 色んな人に聞きました。 |
(さやか) | コーチと、審査員さん。 それから、一緒に滑るライバルにも。 |
(さやか) | それでーー“表現力”の問題だと言われたんです。 |
(さやか) | 演技構成……音楽表現……他の子にはあるものが、 わたしには無いんだって。 |
綴理 | 表現力……? |
さやか | はい。それで、どうにもならなくなって、なんの解決策も浮かばないまま…… 気がついたら高校生になっていました。 |
綴理 | そっかぁ。 |
綴理 | それ、ボクにはあるの? |
さやか | それはもう。 |
さやか | 貴方のステージを初めて見た時に、これだと思いました。 わたしに足りない全て……人を魅了する、きらめき……。 |
綴理 | 一目で分かるものなんだね。 その……きらめきっていうのは。 |
さやか | はい。……わたし、お姉ちゃんが居るんですよ。 |
さやか | わたしなんか足元にも及ばないスケーターで、 将来は世界大会でも活躍するに違いないって、 そう言われてたほど凄かったんです。 |
さやか | お姉ちゃんの演技にも、 やっぱり人を惹きつける力があった……。 |
綴理 | ふーん。……ボクとどっちが好き? |
さやか | い、意地悪言わないでください!! |
さやか | とにかく!そのお姉ちゃんの演技が凄く評価されてて、 夕霧先輩のステージに重なるものがあって……。 |
綴理 | お姉ちゃんには聞けなかったの? |
さやか | ……それだけは、出来ませんでした。 |
綴理 | どうして? |
さやか | 二年前、お姉ちゃんは怪我をして…… もうフィギュアは諦めなきゃいけなくなったんです。 |
さやか | それで、ふさぎ込んで、 もう二度とリンクにも来ないって……そう言って……。 |
綴理 | ごめん……。 |
さやか | いえ、良いんです……っていうと変ですけど。 今はもうお姉ちゃんは元気です。 |
さやか | わたしが家を出て寮生活を始めた時も、 笑って送り出してくれましたし。 |
さやか | ただ、リンクに戻ってくることのないお姉ちゃんに…… フィギュアの話をすることは、やっぱりできませんでした。 |
さやか | わたしがお姉ちゃんの分まで頑張ると言ったのにこの体たらくですから、 余計に。 |
さやか | だから夕霧先輩に出会えたのは、本当に幸運でした。 その幸運を、わたしの力不足で無駄にしたくない……。 |
綴理 | ボクにあって……さやに無い。 さやが欲しいものかぁ。 |
さやか | すみません、やっぱり難しいーー。 |
綴理 | なんか分かった気がする。 |
さやか | ほんとうですか!? 教えてください! |
綴理 | うん。じゃあ、明日は朝5:00に起こしてね。 |
さやか | はい! ……はい? |
綴理 | こっちこっち。 |
さやか | ちょ、ちょっと待ってください! お買い物しに来たんですか!? |
綴理 | ううん。逆。 あ、いたいた。 |
さやか | 逆……? ってちょっと、せ、先輩! |
綴理 | 手伝いに来たよ。 |
れいかさん | あらあらあらあら! 綴理ちゃん久しぶりー!! |
綴理 | うん。 こっちがさや。 |
さやか | へ?あ、はい! 村野さやかと言います……が……。 |
れいかさん | うんうん、知ってる知ってる! ちゃあんと配信も見てるもの!! |
れいかさん | ちょっとみんな、綴理ちゃんがさやかちゃん連れてきたよ!! |
さやか | 配信見てくださっているんですか!? |
綴理 | えっと、何すればいい? |
れいかさん | そうねえ……綴理ちゃんも久しぶりだからねえ。 じゃあさやかちゃんは、お料理とかできる? |
綴理 | うん、おいしい。 |
れいかさん | あら良かった。 じゃあちょっと中でお手伝いして貰おうかしら! |
綴理 | あれ、ボクは? |
れいかさん | 綴理ちゃんはそこに立ってくれているだけで、みんな喜ぶわ。 |
綴理 | うん、わかった。任せて。 |
さやか | 立っているだけってどういうーーってちょっとあの! |
れいかさん | はい、じゃあさやかちゃんはこっちこっち。 |
さやか | わ、わー!夕霧せんぱーい……! |
れいかさん | じゃあ改めまして宜しくね! 私のことは気軽にれいかさんって呼んで! |
さやか | は、はあ……よ、宜しくお願いします。 なにを宜しくすればよいのか、何もわからないんですけど……。 |
れいかさん | なに言ってるのよ!商店街に来たんだから、 お店のお手伝いに決まってるじゃない!まずは海鮮丼屋さんね! |
さやか | まずは!? |
さやか | ど、どうしてこんなことに……。 |
さやか | あ、あの、わたしはどうすれば!! |
れいかさん | そうね!とりあえず見て覚えて! |
さやか | ええ!? |
れいかさん | はいはい今日は近江町海鮮丼がおすすめよ! いらっしゃーい!! |
さやか | え、ええっと……い、いらっしゃーい……! |
れいかさん | ほらほらさやかちゃん、笑顔が硬いわ! |
さやか | す、すみません……。 |
れいかさん | もっと、こういう感じよ! いらっしゃあああい! |
さやか | い、いらっしゃぁい……! |
さやか | うぅ……。 |
れいかさん | うーん、慣れが必要みたいね。 一緒に頑張りましょう! |
さやか | はい……すみません……。 |