第7話『センパイとコウハイ』

PART 1

花帆
100万人だよ、さやかちゃん。
さやか
はい? なんですか急に。ひゃく……?
がたっと立ち上がる。
花帆
100万人だよ!!
花帆
100万人でライブするの! それが、あたしたちの目標!
さやか
そ、れは……。
花帆
凄いと思わない!?
さやか
……難しいのでは?
花帆
うっ、そりゃあそうかもしれないけど……。
で、でも、目標って、大きくて難しい方が良いと思うんだ!
さやか
あの、花帆さん。
花帆
やっぱり、あたしたちじゃ厳しいかなあ……!?
さやか
いえそうではなく……
どんなに大きなドームでも、そんなには入らないですよ。
花帆、はっとする。
花帆
そ、そこはほら。
さやか
花帆
ぎゅぎゅっと。
さやか
人を詰め放題の特売品か何かと勘違いしていませんか!?
さやか
目標を持つことそのものは、
とても素晴らしいことだとは思いますが……。
花帆、腕組みして難しい表情。
花帆
むー、だめかー。
さやか
さて大きな目標も良いですが、花帆さん。
さやか
今日は先輩がたが居ません。
花帆
え、あ、そっか! 今日だった!
どうして来ないんだろうって思ってたや。
花帆
ひょっとしたらたぬきに襲われてるんじゃないかって……。
さやか
おふたりがたぬきに負けるようなことは、
あまり想像できませんけど……。
さやか
とはいえ、わたしたちは
わたしたちでやらなきゃいけないことがあるってことです。
花帆
えーっと……。
さやか
……まさかとは思いますが、忘れているとか?
花帆
そ、そそそそんなことないよ!?
ちゃんと覚えてるよ! 今日は全体部活会議で梢センパイはお休み!
花帆
綴理センパイも……
えーっと、先生とお話でお休み!
さやか
はい。綴理先輩は、進路相談だそうです。
うちは、一年生の後半から定期的に行うみたいですね。
紙を取り出すさやか。
さやか
というわけで正解の花帆さん、わたしたちはこれです。
花帆
あ、そっか!
梢センパイが言ってた、新聞部からのお願い!
さやか
はい。部活の紹介記事です。
期日は特に設けられていませんが……
さやか
撫子祭で貼り出すという目的がある以上、
早めに越したことはないかと。
花帆
一年生が書かなきゃいけないんだったよね。
さやか
絶対というわけではありませんが、
撫子祭の新聞記事は新入生が執筆するのが伝統、ということですから。
さやか
だから乙宗先輩も、わたしたちの記事を
楽しみにしていると言ってくれたんですし。
花帆
そっか、梢センパイのためにも頑張らないとってことだ!
さやか
はい。先輩がたの名に恥じないように、です。
わたしたちにとっての最初の文化祭でもありますしね。
さやか
つまり、わたしが何を言いたいかというとですね。
花帆
いうと……?
さやか
ーー撫子祭は既に始まっているということです!
きょろきょろする花帆。
花帆
えー!? どこで!? どこで!?
さやか
もちろん、ここで!
花帆
こ、ここで……!
さやか
わたしたちが作る記事の出来が、
直接撫子祭でのスクールアイドルクラブの評価を左右するってことです!
花帆
た、確かに……!
さやか
ということで、この部活紹介の記事。つまりわたしたちから見た、
このスクールアイドルクラブの魅力を書きましょう!!!
花帆
まかせろー!
花帆
まず、ライブが楽しいでしょ! 練習は大変だけど楽しいし!
あと、スクールアイドルクラブのみんなと一緒に居るのが楽しい!
花帆
応援してくれる人たちみんなと一緒の時間を過ごせることも、
そのあとに「終わったー!」って力が抜けるのも!
花帆
曲も綺麗で可愛くて楽しくてーー。
さやか
ちょ、ちょっと待ってください。
このままだと、見出しを並べるだけで終わってしまいます!
クレームをさやかに向ける花帆。
花帆
うぇえ!? ほんとだ!
全然足りないよ!!
さやか
わたしが大きさを決めたわけではないです。
クレームをさやかに向ける花帆。
さやか
一応、そこそこ大きなサイズなんですけどね……。
花帆
それだけ蓮ノ空スクールアイドルクラブは魅力的ってことだよ!
さやか
は、はい。それはもちろん。
ただ……
さやか
やっぱり小さな文字でぎっしり全部詰め込んでしまうと、
みなさんに伝わりにくい記事になってしまうかと。
花帆
どうしたらいいのさやかちゃん。
さやか
少し、内容を絞りましょうか。
一応、クラスの皆さんにお話を聞いてきたのですが、
やはり去年の実績を纏める方向の部活が多いみたいです。
さやか
ですので、わたしたちも
大倉庫に行って色々調べることを考えていました。
花帆
去年の実績かー。
花帆
でもさ、さやかちゃん。
他の部活の子たちが、そういうことやってるんだよね?
さやか
え? あ、はい。そうですね。
花帆
じゃあさじゃあさ、違うことやろうよ!
蓮ノ空スクールアイドルクラブにしかできない紹介記事が良いと思うんだ!
さやか
それは……確かに、そうですね。
花帆
せっかく頼んでくれた梢センパイにも、
あたしたちがこの場所を大好きなんだって伝えたいし! きっと喜ぶよ!
さやか
分かりました。
では、この蓮ノ空スクールアイドルクラブにしかないもの……
さやか
それでいて誰にでも分かる魅力的な点。
それを探しましょうか。
花帆
ふっふっふ。
さやか
花帆さん?
花帆
そんなの、探すまでもないよさやかくん。
さやか
さやかくん。
花帆
ずばり……センパイだよ!!
花帆
まず梢センパイは……頼れる!!
さやか
なるほど。
花帆
一緒に居ると安心できて、
ステージの上では梢センパイと一緒だからってだけで、
すごく自由になった気持ちになれるんだ!
メモを取るさやか。
さやか
ふんふん。
花帆
練習の時はちょっと怖いし、部長としてのまじめな感じはこう、
あたしもちゃんとしなきゃー、って思うけど……
花帆
でもそれも、梢センパイが居れば大丈夫って気持ちになれる理由だよね!
さやか
なるほど……うん。良い感じだと思います。
花帆
ほんと!?
さやか
はい、花帆さんは乙宗先輩のことが大好きなんですね。
花帆
えへへー。
その気持ちを、みんなにも伝えないとね!
さやか
そうですね!
さやかと代わり、ペンを執る花帆。
花帆
じゃあさやかちゃんも、いつもみたいに恥ずかしがらずに、
綴理センパイの話を! さあ!
さやか
分かりました。といっても、
乙宗先輩のように頼りがいがある人ではありませんからね。
花帆
あはは。地味にさやかちゃん、
いつも綴理センパイに厳しいもんね。
さやか
まあでも、それを補って余りある、綴理先輩のパフォーマンス力は、
どうしたって他の誰にも真似が出来ないものです。
一応書き始める花帆。
花帆
なるほど?
さやか
誰が見ても一目で魅了されるステージ上の綴理先輩の姿は、
確かに綴理先輩にとっては孤独だったのかもしれません。
さやか
でも今はわたしが居ますから、それは大丈夫にします。
つまり綴理先輩は本人の想う欠点が無くなり、最強です。
花帆
……あれ、ここまでだっけさやかちゃんって。
さやか
ステージを下りれば、抜けたところも多い人ではありますけど、
それもまた綴理先輩の魅力を形作る一つですから。
さやか
練習の時も、いざ踊り始めればスイッチが切り替わったように、
動き一つでみんなを虜にする……本当のスクールアイドル。
花帆
さやかちゃん? さやかちゃーん?
さやか
つまり、綴理先輩が居る限り、
この蓮ノ空スクールアイドルクラブに陰りが見えることはない。
さやか
蓮ノ空スクールアイドルクラブといえば綴理先輩のーー。
花帆
はいはいはーい!
梢センパイが居てこその蓮ノ空スクールアイドルクラブです!
さやか

ええと?
花帆
確かに綴理センパイは凄いけど!
蓮ノ空スクールアイドルクラブといえば梢センパイだと思います!
さやか
なるほど……。
花帆
うんうん。
さやか
考え方は自由です。
花帆
あれえ!? こ、梢センパイは部長だし、
みんなを支えてくれてるし、ライブでもみんなの注目の的だよ!
さやか
確かに綴理先輩は部長ではありませんし、むしろ支えられている側ですが、
スクールアイドルという一点で見れば綴理先輩こそがこの部活の顔です。
さやか
綴理先輩にしか、出せない美しさがありますから。
花帆
ぐっ、う……ほ、ほら、
梢センパイは部の内外問わず頼られてるしスクールアイドルクラブの中心で!
なぜか立ち上がり身構えるふたり。
さやか
……綴理先輩は休み時間にみんなから、
一曲お願いされるほどですので!
花帆
それから、えーっと……勉強とかも凄いできる!
さやか
そ、れは……あれ、綴理先輩はどうなんでしょう。
なんかだめそう。
花帆
あと運動もできる!
さやか
それはスクールアイドルですから、最低限は誰だって!
綴理先輩がどれだけ体育の成績が良いのかは知りませんが!
花帆
あと周りからも凄い人気者!
さやか
ぐっ……そ、それはどうやって証明するんですか!
綴理先輩もそうですよ!
花帆
証明!? えーっとそれは……!
さやか
綴理先輩はたぶんあれですよ、
一年生の頃からライブで誰をも魅了してーー。
花帆
たぶんあれって凄いふわっとしてるじゃん!
それこそ証明が必要だよ!
さやか
証明はできないですけど!
できない……ですけど。
花帆&さやか
……。
花帆
……ねえ、さやかちゃん。
さやか
……はい。なんですか花帆さん。
花帆
さっきの話だけどさ。
花帆
綴理センパイがいつからみんなに、
踊ってーって頼まれるようになったかとか、知ってる?
さやか
いえ……。
花帆さんも、乙宗先輩が周りに頼られるようになったきっかけはご存じですか?
花帆
ううん。……ていうか、さっき言ったライブも……
去年の梢センパイたちが何をしてたのか知らない。
さやか
それこそさっき言ったように、一年生から活躍をされていたかどうか、
今のわたしたちでは、はっきり言いきれない。
花帆
うん。……あたしたち、思ったよりセンパイのこと知らないね?
さやか、花帆との間にあるテーブルの紙に目を落として。
さやか
そうですね。せっかくの機会ですし……
わたしたちが知らなかった頃の先輩がたのことを、色々知ってみたいです。
花帆
だね、センパイを知ろう!
それで、記事をばーんって出して、センパイたちに喜んでもらうんだ!
だっと部室を飛びだしていくふたり。