第1話『未来への歌』
PART 15
吟子 | …………はぁ。 |
吟子 | ……私、どうすればいいんだろ。 おツルさん。 このままじゃ、よくない、よね……。 |
吟子 | ……? 寮母さんかな。 今、開けます。 |
花帆 | こんばんは! 吟子ちゃん! |
吟子 | えっ? か、花帆先輩? なんでこんな時間に。 |
花帆 | あたし、吟子ちゃんとちゃんと話そうと思って! |
吟子 | よく、わかんないけど……。 ……中、どうぞ。 |
吟子 | あ、私、部屋に誰かを入れるの、初めてだ……。 |
花帆 | そうなんだー。 わ、着物が飾ってある! |
吟子 | それは飾ってるんじゃなくて……。 一度着たら、 一晩はハンガーに吊るして、湿気を飛ばさなきゃで……。 |
花帆 | へー! あ、座布団の上にいる、この子は? |
吟子 | そ、それは! |
吟子 | なんでもない! ほんとに、なんでも! 毎晩ぬいぐるみを抱いて寝てるとか、してないし! |
花帆 | えー。 別にいいと思うけどなあ。 あたしもぬいぐるみいーっぱい持ってるよ。 |
吟子 | 他の人は他の人! 私はもう、高校生なんだから! |
吟子 | っていうか……。 |
吟子 | なんの用ですか。 |
花帆 | うん。 さっき言った通り。 吟子ちゃんのことが、聞きたくて。 |
吟子 | 私の? |
花帆 | 最近、練習中にもぼんやりしてるでしょ? |
吟子 | それは……すみません。 |
花帆 | あ、ううん。 責めてるわけじゃなくて。 その理由が、聞きたくて。 |
吟子 | ……。 |
花帆 | ライブで歌う曲を決めようって話してからだよね? 吟子ちゃん、どうして? |
吟子 | それは……私の事情だから。 先輩には、関係ない。 |
吟子 | 練習に身が入ってなかったことは、謝ります。 これからは、ちゃんと真面目に……。 |
花帆 | 関係ないことないよ! |
吟子 | ……なんで。 |
花帆 | だって吟子ちゃんは、あたしの後輩だもん! |
花帆 | 同じ蓮ノ空女学院の生徒で、芸楽部が好きで、 スクールアイドルクラブにきてくれたんだよ? |
花帆 | そんなの、関係しかないよ! |
吟子 | ……でも、だけど。 |
吟子 | 聞いたら、花帆先輩が……嫌な気持ち、なる、かも……。 |
花帆 | ……それってつまり、吟子ちゃんが今、 ひとりで嫌な気持ちを抱えてるってことだよね? |
花帆 | だったらその気持ち、あたしにもわけてほしい。 大丈夫。 ちゃんと受け止めるから。 |
花帆 | あたしだってこの1年、いっぱい筋トレしたんだもん! |
吟子 | ……花帆先輩。 |
吟子 | ……わかった。 ちゃんと、話す。 |
花帆 | うん! |
吟子 | ……なかったの。 おばあちゃんが好きだった、私の大好きだった曲。 |
吟子 | 逆さまの歌が。 |
花帆 | 逆さまの、歌……? |
吟子 | 私、形が変わっても、同じだと思ってた。 芸楽部の魂は、スクールアイドルクラブに引き継がれてるんだって。 |
吟子 | だから、ここでがんばろう、って。 |
吟子 | でも、違った。 |
花帆 | え……? |
吟子 | おばあちゃんの想いは、もう、なくなってた。 だって、あんなに好きだった歌が、跡形もないんだから。 |
吟子 | 当たり前だよね……。 50年前の曲が、今も残ってるはずなんて……。 |
吟子 | でも、だったら。 ここは、私の憧れた芸楽部じゃ、ない。 |
吟子 | ……私がスクールアイドルを続ける理由も、どこにも。 |
花帆 | 吟子ちゃんの初めてのライブ、一緒に出ようよ! |
吟子 | ……それは。 |
花帆 | あんなに楽しそうに、準備してたよね? ステージ作るのも、衣装作るのだって……。 |
花帆 | あのね! あたしも一緒だったんだ! |
吟子 | ……花帆先輩。 |
花帆 | ようやくわかった。 |
花帆 | どうしてあたしが、こんなに吟子ちゃんと一緒に スクールアイドルやりたいと思ったのか。 |
花帆 | それは、あたしと一緒だからだったんだ! |
吟子 | 先輩と、一緒……。 |
花帆 | あたしも、憧れてた蓮ノ空に入ったら、理想とぜんぜん違ってて! だから、諦めてた! |
花帆 | けど、梢センパイに誘ってもらって、スクールアイドルを始めて、 ここでならようやく花咲けるって思えたんだ! |
花帆 | だから! やってみたら、きっと変わるよ! 一緒に、スクールアイドルやろう! |
吟子 | ……スリーズブーケに誘ってくれて、ありがとう、先輩。 |
吟子 | でも私は、本気になれないよ。 だって……私の夢は叶わないって、わかったんだから。 |
花帆 | 吟子ちゃん! |
吟子 | 惰性で続けるなんて、そんなの……真剣にやってる先輩方に失礼だよ。 ……だったら、ここで辞めた方がいい。 |
花帆 | どうして……。 |
吟子 | ありがとう、花帆先輩。 |
吟子 | 先輩と一緒に、夢を見てた時間は、本当に、楽しかった、です。 |
吟子 | それは、嘘じゃありません。 |
吟子 | 理想の後輩になれなくて、ごめんなさい。 悪いのはすべて、私、です。 |
花帆 | そんな……吟子ちゃん……。 |
花帆 | あたし、どうしたら……。 あたし……。 |