第9話『みらくる・ざ・ゆにばーす!』

PART 5

姫芽が慈の部屋に尋ねてくる。
慈は部屋着で、机に向かって勉強中。
姫芽
こんこん~、めぐちゃんせんぱ~い。
ん、どーぞー。
ガチャとドアを開けて姫芽が入ってくる。
姫芽
お勉強、お疲れ様です~。
これ、よかったら差し入れのブドウ糖です~。
チョコレートと、グミと、あと小鈴ちゃんオススメのラムネ菓子~!
おー、うれしいー。
ちょうど今、一息入れようと思ってたところだから、座って座って。
軽く話し相手になってよ。
姫芽
ははあ~! 光栄です喜んで~!
姫芽が部屋に入ってきて、慈の隣に座る。
慈は鼻歌を口ずさむ。
関税~、安土桃山、井伊直弼~。
姫芽
なんですかその……歌?
ああ、梢が作ってくれたんだよ。 5教科の歌。
スクールアイドルにどうしても関係させられないものは、
もうムリヤリ関係させてしまえ、って。
姫芽
すっごい力技……。 さすが、梢せんぱい~……!
姫芽
それで、どうですか~? お勉強、はかどってますか~?
ん~……なんか、懐かしい感じする。
姫芽
懐かしい~?
私が勉強しなくなったのって、タレントデビューしてからだからさ。
それまでは、むしろけっこうやってたんだ。
満点のテストとか見せびらかしたかったから。
姫芽
ほえ〜。 確かにめぐちゃんせんぱいって、調べ物とかお上手ですもんね~!
けど、タレントデビューして、世界が広がって、
他にやりたいことがわぁっと増えて。
勉強なんかにうつつを抜かしてる暇、なくなっちゃったんだよね。
姫芽
はわっ。 め、めめ、めぐちゃんせんぱいっ……。
世界には、こんなにも楽しいことがいっぱいある。
なのに、どうしてわざわざ勉強しなきゃいけないのか。
無駄なことに時間を使ってる暇は、1秒だってないのに!
蓮ノ空に入れられるときも、相当やり合ったんだけど、結局、負けちゃって。
『常識がないと社会で通用しないよ~。 搾取されちゃうよ~』
とかなんとか言って!
今だってそう。 ママはいつまでも私のこと、子供だと思ってるんだよ。
はぁ……。 って感じ。
いつかぜったいギャフンって言わせてやるんだから……!
姫芽
あ、アタシは、めぐちゃんせんぱいのこと、大好きですから~!
慈、姫芽の頬に手を伸ばしつつ、微笑む。
……ありがと。
私も姫芽ちゃんのこと、大好きだよ。
ハートを撃ち抜かれて、胸を押さえたまま横に倒れ込む姫芽。
姫芽
はぅっ!
姫芽
この距離からの個レスは、死人が出ますよぉ~……!
見てて飽きない、面白い後輩だし。
瑠璃乃
めーぐーちゃーん。
お? るりちゃん?
ガチャとドアを開いて入ってくる瑠璃乃。
慈は顔を輝かせて、久しぶりに会う瑠璃乃を歓迎する。
おかえり! ぎゅーする?
瑠璃乃
それはするけど。
慈が瑠璃乃を抱きしめる。
瑠璃乃は、されるがまま。
ぎゅー。
感じ入った顔で拝む姫芽。
姫芽
るりめぐ……。
そんで、ママの弱点、どうだった!?
瑠璃乃
ん~~~……それはちょっと、わかんなかったかも~。
残念…………。
瑠璃乃
お母さんとは、ちょっと話したんだけどね……。
姫芽
るりちゃんせんぱい? なにかあったんですか?
慌てて両手を振る瑠璃乃。
瑠璃乃
あ、ううん。
ぜんぜん、なんでも。
落ち込んでいる慈は、瑠璃乃の様子に気づかない。
姫芽
……?
しゃーなし……。 地道に努力を続けてくよ……。
生活力、マナー、常識テスト……テスト……。
瑠璃乃
あ、でもね。 お母さんに言ったら、めぐママの会社で実際に使ってる
入社試験用問題データのサンプルをくれてさ。
おお!
姫芽
え~、すご~い。 なんでそんなのもってるんですか~?
おばさんは、ママの会社のコンサルタントやってるんだよね。
たぶんそれで。
瑠璃乃
めぐちゃんが『コンサルタント』なんて言葉を覚えてる……!
勉強の成果……!
おばさんのお仕事ぐらい、最初から知ってるよ!
姫芽
つまり……これで練習しておいて~……。
そう! そして家に帰ったらママに言ってやるの。
『だったらテストしてみる?』って。
それで満点取ったら、さすがに認めざるを得ないだろうね! 私のことを!
姫芽
めぐちゃんせんぱいママに、ギャフンって言わせられる~!
そーゆーこと! やる気出てきた!
るりちゃん、ありがとね!
瑠璃乃
う、うん!
瑠璃乃
……応援してるよ、めぐちゃんのこと!
瑠璃乃に抱き着く慈。
その様子を微笑ましく見ながら、姫芽が微笑む。
がんばる~~! ぎゅ~~!
姫芽
でもでも~。
めぐちゃんせんぱいにも苦手なものって、あったんですねえ~。
瑠璃乃に抱き着きつつ振り返ってくる慈。
……いや? ないよ。
姫芽
あれ~!?
なにか勘違いしてるみたいだね、姫芽ちゃん。
藤島 慈に怖いものなんてないんだよ。 いるのは道を阻むものだけ。
姫芽
つまりめぐちゃんせんぱいママも、そのひとり……!?
まあ……そうだね!
だけど、私はそのすべてをぶっ飛ばして、ここまでやってきた。
つまり、これもその道の途中のわけ、で……。
……そう、か!
慈、なにかに気づいたようにハッとする。
姫芽の手を両手でぎゅっと掴む。
そうだよ!
我が愛弟子! いいところに気づかせてくれた!
急に推しの顔が目の前にやってきて、顔を赤くする姫芽。
姫芽
ふぇっ!?
姫芽の手を放し、グッと拳を握る慈。
私はなんたって藤島 慈……。
“敵”のご機嫌取りなんて、似合わないんだよ!
ふふふ、ふふふふふふふふふ!
いつまでも手のひらの上だと思ったら、大間違いなんだからね! ママ!
不穏な笑みを浮かべる慈に、瑠璃乃が引く。
瑠璃乃
な、なに?
姫芽
ぜんぜんわかりませんけど、顔がいい~……!
瑠璃乃
……なんか、またろくでもないこと考えてるんじゃないかなあ……!
全員集合。
机に座っている慈と、向かいに座ってテストの採点作業をしていた梢。
その様子を、固唾を飲んで見守っている周囲の部員たち。
愕然とした梢。
慈は目をつむったまま、ドヤ顔。
……信じられないわ。
本番を想定した、模擬テスト。
100点満点中……80点よ。
わっと歓声があがるように、周りの部員たちが盛り上がる。
拍手喝采の小鈴。慈に尊敬の念を送る吟子。
小鈴
え~~~! すご~~~~~い!
吟子
慈先輩……!
姫芽
うう~! めぐちゃんせんぱぁい~!
いっぱい、いっぱいがんばったんですねぇ~~!
もはや姫芽は涙目。
その中心に座って、慈は当然とばかりに胸を張る。
めぐちゃんが本気になれば、こんなもんだよ!
さやか
でしたら、高校生活もっと早く本気になっていれば……。
あ、いえ、すばらしい巻き返しだと思います!
慈が点数が取れたこと自体は嬉しい花帆。しかしそれはそうとして、花帆が小鈴の横に並んで、悔しそうな顔。
花帆
慈センパイはこっち側じゃなかったんですか!?
ごめんね、花帆ちゃん。
私はもう“そっち”にはいけないから。
梢と吟子の横に並ぶ慈。慈が背中に回してきた手を、ぱしっと払う梢。
コホン……。 でも、よくがんばったわね、慈。
あなたのことを、少し……見直したわ。
絶対に絶対に無理だと思っていたから。
不可能を可能にするスクールアイドルと言えば、めぐちゃんだからね!
びしりと綴理が慈を指差す。
綴理
めぐ。
綴理
鳥の照り焼き弁当の、作り方は?
ふっ……。
鶏もも肉100グラムに市販の照り焼きソースをかけて、焼くだけ!
副菜には、冷えてもおいしく食べられる切り干し大根や、
ひじき煮なんかも定番だよね。
材料費は……ざっと、3、400円ぐらいかな!
綴理
おお……。
合ってる?
綴理はなんとなく感嘆の声をあげたものの、答えを知らなかった。隣のさやかに聞く。さやかは驚愕しながら。
梢と同じように驚くさやか。
梢は、胸のつかえがようやく取れたようにホッとして。
さやか
おおむね合ってます……!
そんな、絶対に絶対に無理だと思っていました……!
そうね……少なくともこの調子なら、
あと一週間もあれば満点は夢じゃないわ。 引き続き、がんばりましょう。
その梢の微笑みを見て、自分がある程度やり遂げたのだと実感する慈。一息つく。
……ふぅ。
慈の態度が変わったことにいち早く気づいた瑠璃乃が、首を傾げる。
瑠璃乃
めぐちゃん?
遠い目でつぶやく慈。
慈、静かに机の上に置いてあった解答用紙を掴んで。
これで義理は果たしたよ、ママ。
なのでーー。
びりびりと真っ二つに破る。
花帆&さやか&吟子&小鈴&姫芽
えー!?
今まで付き合ってくれて、ありがと!
きょうからは、ラブライブ!北陸大会の練習に全力を注ぐよ!
姫芽
い、いいんですか!? だって、めぐちゃんせんぱいの未来が!
花帆
“立派な常識人”になれなかったら、
慈センパイが土蔵に閉じ込められちゃう!
そんなの……知ったことか、だよ!
確かに、中学までの私はヒヨコちゃんだったかもしれないよ!
ぴよぴよしてた!
そのせいでママに言い負かされて、タレントを休止!
蓮ノ空に押し込められた!
けどね、私はもう18歳になるんだよ!
自分の道ぐらい、自分で決められるっての!
世間の常識なんてなくたって、世界が私に夢中になれば、問題なし!
私はスクールアイドル、藤島 慈だよ!
つべこべ言うようなら、パフォーマンスで黙らせてやる!
もうなんの心配もいらないんだ、ってね!
そうーーラブライブ!北陸大会の舞台で!
一息にタンカを切る慈。
思わず拍手する花帆と姫芽、さやか、それに吟子と小鈴。場の雰囲気が慈に飲み込まれる。
姫芽
めぐちゃんせんぱい、かっこいい~……。
さやか
い、今のはわたしも、ちょっとそう思いました……。
……それでいいの? あなた。
慈は真剣に、真面目に言い放つ。
うん。
蓮ノ空で過ごした3年間で、私は変わったんだよ。
泣いたり、笑ったり、本当にいろんなことがあった。
スクールアイドルが、仲間が、応援してくれる人の声が、私を変えてくれた。
ママの望む私にはなれなかったかもしれないけど。でも、私は私。
“これが私”。
取り繕ったり、ごまかしたりする必要なんて、最初っからなかった。
胸を張って、ママの前に立つよ。
一同の顔を順番に映す。
メンバー全員、慈の決意に背中を押されるように、やる気になっている。
みんな、改めてお願い。
ラブライブ!北陸大会で、私たちの全力を見せてやろうぜ!