第12話『明日の君に花束を』

PART 2

風呂上がりに、梢と吟子でラウンジにやってきた。辺りに人はあまりいない。ラウンジの片隅で、深刻な顔をした梢と、そんな梢に影響されて深刻な顔をした吟子が、向かい合って座っている。
吟子
進捗……よろしくないんですか?
……ごめんなさい。
吟子
いや、謝られるようなことでは!
本当はもっと早くに相談するべきだったの……。
それなのに、蓮華祭までの貴重な時間を浪費してしまって……。
吟子
な、なかなか難しいですよね! 1年間の集大成となると!
吟子
それに梢先輩はきっと、ラブライブ!が終わったばかりで、
疲れてるんですよ!
もうしばらく経っているのよ……。
吟子
じゃ、じゃあ! なんというか、こう、気が抜けちゃったんですよ!
肩の荷が下りた、みたいな!
そうね……私のスリーズブーケにかける想いは、
その程度だった、ということなのね……。
吟子
いえそうではなく!
吟子
ううう……すみません、
なにを言っても余計なことばっかり言いそうで……。
吟子
でも、どうしてこんなことに……。
……わからないわ。
私も、3年間で初めてのことなの……。
吟子
梢先輩……。
……もしも、ずっとこのままだったら……。
吟子
そんな。
蓮華祭で、スリーズブーケだけ新曲を披露できない……
なんてことになったら、あなたたちに申し訳がないわ。
それなら……。 私があなたたちのサポートに回って、
ふたりに曲を作ってもらった方が、確実かもしれないわね……。
吟子
……! それは……。
吟子、息を呑んで、うつむく。
吟子
でも、あの……これも余計なことかもしれませんが……。
吟子
あくまでも今回の曲は、私、
梢先輩に作ってほしいです。
……それは、もうすぐ私が卒業してしまうから?
吟子
それも、ありますけど……。
吟子
なにより私、梢先輩の作った曲が、好きなんです。
繊細で、どこか儚く、だけど雅やかで……。
吟子
蓮ノ空の伝統となり、100年後も残り続けるのでしたら……
梢先輩の曲がいいなって、そう思ったんです。
吟子
ですから……。
吟子
もちろん! 任せっきりというわけではなく、
私も、できる限りはなんでもお手伝いします!
吟子
まだ蓮華祭までは時間があります!
最終的に曲ができていれば、いいんですよ!
吟子
練習時間なんて、どうにかしますから!
……そう、そうなのね。
ありがとうね、吟子さん。
あなたの気持ちは、受け取ったわ。
……本当は私も、自分の手で作りたいの。
スリーズブーケの最後を飾り、
私のスクールアイドルとしての幕引きとなる曲だもの。
やっぱり……悔いは残したくないから。
梢の言葉を大切に聞いている吟子。
吟子さんと、花帆と、3人で歩んできた道のりが、私にとって、
どんなに大切な花道だったのかを、ちゃんと伝えたい。
言葉も想いも、いつかは忘れてしまうかもしれない。
でも、歌は遺り続ける。たとえ50年だって……。
そして歌が遺る限り、きっといつまでも、思い出は蘇り続ける。
そんな歌を作りたいの。
あなたたちのために。 応援してくれる人のために。
そしてなにより……これから蓮ノ空を好きになってくれる人たちのために。
胸に手を当てる梢。それから、すがるように吟子を見る。
だから、吟子さん。
……お願い。 もう少しだけ、一緒にもがいてくれる?
吟子
はい! 私でよければ!
梢がやる気を見せてくれたことが嬉しくて、吟子は大きくうなずく。
……ふぅ。
……それじゃあ、ちょっと、無茶をしましょうか。
吟子
お……お供いたします……!
花帆の部屋を訪ねる梢。先ほどの吟子とのラウンジのシーンの後、自分の部屋に帰って、コンサートやライブなどのチケット取りをしてから、花帆の部屋にやってきた、という体。
控えめなノックの音。
花帆
はーい。
花帆、入るわね。
花帆
梢センパイ!
調子はどう?
花帆
もうすっかりよくなりました!
明日からは、練習もできますよ!
確かに、顔色はいいみたいね。
熱も、下がっている。
花帆
はい、おりこうさんにしてましたから!
そう、偉いわね。
花帆
えへへ。
花帆
でもこれで、せっちゃんのためにがんばってくれた人たちにも、
お礼を伝えることができました。
花帆
あたしのラブライブ!は今度こそ、めでたしめでたし、です!
……1月の花帆は、すごかったものね。
花帆
そうでした?
ええ。
ラブライブ!に優勝できたのも、
悔いなくプレーオフを果たすことができたのも、
間違いなくあなたの活躍が大きかったわ。
まるで花帆が、スクールアイドルの神様になってしまうのかと思ったぐらい。
花帆
あたしが神様になったら、とりあえず蓮ノ空の周りにショッピングモールと、
デパートと、遊園地と、中華街と、
花帆
あとおいしいご飯のお店も、いっぱい作りたいですねえ……。
増えているわね、欲が……。
ラブライブ!の後もあんなにがんばっていたんだから、
もう少し休んでいてもいいのよ。
花帆
そういうわけにはいきません!
花帆
聞きましたよ。104期スリーズブーケの最後の曲を作ろうとしてる、って!
あら……。
花帆に言ったら無理をするかもしれないから、って、
具合が良くなるまで内緒にしようと思っていたのに。
花帆
もう大丈夫です!
なので、いつまでも寝てるわけにはいきません!
花帆
この2年間、梢センパイとともに過ごした思い出をぜんぶ乗せて、
できることなら4時間ぐらいの曲を作りたいんですけど……
花帆
さすがにそれじゃあ、ライブが1曲で終わっちゃうので……!
曲は曲でも、戯曲になっちゃうわね……。
花帆
なので、最高のユニット曲を作るために、
あたしもできる限りのことがしたいです!
花帆
かつてこの蓮ノ空女学院にいた、乙宗 梢という麗しき美女……。
その伝説を、いつまでも語り継いでほしいんです、あたしは……。
待って。
花帆
彼女の微笑みに生徒たちは心奪われ、歩けば足跡には花が咲き誇り、
歌声には世界中の小鳥が集まってきたという……。
やっぱりもう少し休んでいたほうがよさそうね……。
花帆
こじゅえせんぱぁ~い。
別に、あなたを仲間外れにしようとしているわけじゃないのよ。
ただ、まだ病み上がりでしょう。今は大人しくしていなさい、ね?
花帆
わかりましたぁ……。
それにね……。 今はちょっと私も調子を崩してて……。
花帆
えっ、そうなんですか?
一緒に寝ます!?
体調ではなくてね。 どうも、その……スランプになってしまって。
曲作りが、ぜんぜん進まなくて……。
ついさっきも、吟子さんに話を聞いてもらったばかりなの。
上級生なのに、情けないわ。
花帆
あたしも、あたしもいつでも話を聞きますよ!
……そうね。
優しい後輩がいて、恵まれているわね、私は。
花帆
スランプって、あの、すごい人がなるやつですよね。
梢センパイでもそうなっちゃうこと、あるんですね。
……そうみたいね。
私も、ずっと他人事だと思っていたわ。
花帆
でも大変ですね、伝説の曲を作ろうってしてる時期に……。
花帆
うーん……スランプ……スランプの解消法……。
花帆
じゃあじゃあ、そっちのほうでもなにかお手伝いできるよう、
いろいろと考えてみますね!
ええ、ありがとう。
とりあえずは、ジタバタもがいてみるつもり。
花帆
ってことは、なにか名案が……!?
そういうわけではないのだけれど……。
明日、私ね。
吟子さんとデートしてくることにしたの。
花帆
えっ……えええええええ!?