第15話『夢を信じる物語』

PART 3

慈の部屋の前に立つ瑠璃乃と梢、花帆。
瑠璃乃は戦々恐々としている。その手には、お土産の抹茶ドーナツ。慈の好物だ。
瑠璃乃の後ろで花帆と梢がコソコソと話す。
花帆
メンタルヤバいって、どういうことでしょうか……?
……わからないけれど、慈はこういうとき、荒れるのよね。
花帆
あ、荒れ……!?
とんとん、と控えめに瑠璃乃が部屋のドアをノックする。
瑠璃乃
め、めぐちゃ~ん……。
ちょーし、どぉー……?
返事がない。
瑠璃乃はもう一度ノックする。
瑠璃乃
めーぐちゃーんー……。
抹茶ドーナツもあるよ~……。 あーけーてー……。
/やはり返事がない。
瑠璃乃は振り返って、しょんぼりと梢を見やる。
梢がこほんと咳払いをして、声をかける。
こほん。 慈。 私はいいけれど、
ユニットの仲間があなたのことを心配して来てくれているのよ。
せめて顔ぐらいは、見せてあげたらどうかしら。
少し待って、ドアが開く。ものすごく不機嫌そうな慈が顔を出した。
髪もボサボサで、目の下にクマがあり、適当な部屋着を着ているイメージです(※ここはアプリでは表現できない部分ですが)
……なに。
不機嫌そうな慈に、びくっとする瑠璃乃。
瑠璃乃
や、やっほー、めぐちゃん。 ルリちゃんだよー。
花帆
な、なんだか8月に初めて
慈センパイの部屋に来たときみたいですね……!
慈からジロリと見られて、花帆も震え上がる。
花帆
ひっ。
梢が割って入ってくれる。
こらこら、後輩を威圧しないの。
慈が三人を招き入れる。恐る恐る足を踏み入れる瑠璃乃と花帆。平然と入ってくる梢。
入った瑠璃乃はすぐに気づく。
別にしてない。
きょうはこういう顔ってだけ。 入って。
瑠璃乃
めぐちゃん、抹茶ドーナツここに置いとくね。
って……モニターの、これ。
デスクトップには、ラブライブ!本戦の蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブの配信動画がうつっていた。
慈は自分の部屋だというのに、どこか所在なさげにしている。
花帆
あたしたちのステージの、動画……。
言い訳っぽくつぶやく慈。
気まずい雰囲気の中でも、梢はちゃんと聞くべきことを聞く。
……ごめん、るりちゃんのこと気にしてる余裕なくて。
それで、なにをしていたの?
なるべく感情を排して淡々と喋る慈。
帰ってきてから徹夜でずっと本戦の動画みてた。
むかつきすぎて。
花帆
ええっ……!?
なんで負けたのか、意味わかんなかったから。
慈は弾かれたように声をあげる。
……それで、わかったの?
ぜんぜんわかんないよ!
だって私たちが世界最強だったじゃん!
めちゃくちゃ大きな失敗とかがあったならわかるけど!
みんなちゃんと力を出し切って、それなのにさあ!
確かに、終わってから繰り返し見てたら、
もっとできることがあったのかもしれないって思うよ!
歌もダンスもこうすればよかったってさ! でも!
こっちには私とるりちゃんがいたんだよ!
だったら負けるのはおかしいじゃん!
地団駄を踏む慈。
慈は何度も動画を見て、ちゃんと自分たちが実力で劣っていることをわかってしまった。だから、そこには嘘をつけなかった。
気持ちのやり場がなくなってしまったので、こうして悔しいと叫んでいるのだ。
むかつく~~~~~~~~!!
精一杯叫ぶ慈に、梢はなにも言えなくなる。その悔しさを誰よりも感じているのは、梢だからだ。
……慈。
代わりに瑠璃乃が前に出て、慈の手を握る。
瑠璃乃
めぐちゃん……でもルリは、
みんなと一緒にステージに立てて、楽しかったよ……?
瑠璃乃
ね、めぐちゃんはむかついた、だけ……?
その楽しかったという気持ちまで否定されたくない瑠璃乃に、慈は一瞬、言葉を飲み込む。
違うの! それはそれ、これはこれ!
私だって、るりちゃんと大きな舞台に立てて、楽しかった!
また踊れるようになって……
いろんな人に名前を覚えてもらって、嬉しかったけど!
慈の言葉に、瑠璃乃は目を見開く。それはさっき瑠璃乃が自分でたどり着いた答えと同じだったからだ。
だったら、勝ったらもっと楽しいじゃん!
花帆
それ、さっきの瑠璃乃ちゃんの……。
瑠璃乃が大きくうなずく。
瑠璃乃
うん、そうだよね! やっぱり、勝ったほうが楽しいよね!
だからさ、次は勝とうよ!
手の甲で目を拭う慈。涙目を拭いて、ぐぐっと拳を握る。
もちろん! 次は勝つっての!
絶対に! 私とるりちゃんと、
スクールアイドルクラブが最強だって、世界に知らしめてやるんだから!
もうね! ただ勝つだけじゃ許さないよ!
他のスクールアイドルが『参りました~!』
って頭下げに来るぐらいのパフォーマンスで、勝つ!
瑠璃乃
おー!
そんなにハードル高くしすぎちゃうなんてめぐちゃんかっけー!
だからやるの! 私たちをナメたやつら全員の墓に、
みらくらぱーく!のアクスタをお供えさせてやる!
瑠璃乃
ほらめぐちゃん! いったん甘い物食べて!
好きでしょ、抹茶ドーナツ!
うん! はーむ。 んん~!
おいひい! おいひくてむかちゅくー!
みらくらぱーく!漫才が始まったところで、花帆が梢に耳打ちする。
花帆
あの、これは……。
嘆息して、それから微笑む梢。
……慈はね、いっつもひとりで落ち込んで、
それから怒って、結局は勝手に立ち直るのよ。
梢は立ち直ることができた慈を、まぶしいものを見るように見つめていた。まだこの時点で梢は、慈のように立ち直ることができていないから。
でもまあ、今回は、ずいぶん早かったみたいね。