第3話『星に憧れて、花は舞う』
PART 5
セラスと小鈴の振る舞いに後ろ髪を引かれながらも、瑠璃乃たちの様子を見に来たさやか。 | |
ふう、と一息ついてから頬を掻く。 | |
さやか | ふぅ……さて、ああは言ったものの。 |
さやか | 小鈴さんとセラスさんは大丈夫でしょうか。 |
さやか | いえ、問題なくやり遂げられるというのならそれが一番なんですから、 わたしが過剰に心配するのもよくないですよね。 |
と、そこで遠くの方で歓声が響き、さやかはそっちに気を取られる。 | |
さやか | あれは……泉さん? |
泉が映り、ギターを披露し終えたところ。楽しそう。 | |
泉 | ふふっ。 みんな、ご清聴ありがとう。 私のギターは楽しんでもらえたかな? |
もう一度歓声が響いているところが映る。 | |
場面変わって、その泉を少し離れたところから腕組みして見守っている瑠璃乃。 | |
さやかが、その瑠璃乃のところにやってくる。 | |
さやか | 泉さんはやっぱりなんでもできるんですね。 ギターも弾けるんですか。 |
瑠璃乃が振り向く。 | |
瑠璃乃 | あれ、さやかちゃんだ。 |
さやか | はい。 お疲れさまです。 瑠璃乃さんたちは何を? |
瑠璃乃は腕を組んで難しい顔。瑠璃乃の考えていることは難航中。 | |
瑠璃乃 | ルリなりにロックフェスに必要なものを考えててね。 ちょっと泉ちゃんに協力してもらってたんだ。 |
さやか | そういえば、言っていましたね。 やりたいことが浮かんできたかも、と。 |
瑠璃乃 | うん、まあね。 実現できるかどうかは、微妙なとこだけどーー。 |
と、そこに泉が戻ってくる。 | |
泉 | おや、先輩方お揃いかな。 |
瑠璃乃は頭をかきながら苦笑い。 | |
瑠璃乃 | おかえり! 泉ちゃん。 めちゃくちゃな無茶ぶりしてごめんねー。 |
それに泉は余裕のある笑みで応える。 | |
泉 | いや、楽しかったよ。 私に役立てることがあるのなら、それが一番だからね。 |
そのやり取りを見ながら、さやかが考えてはっとする。 | |
さやか | 泉さんの演奏が、ロックフェスに必要…… ! まさか、生演奏ですか!? |
瑠璃乃 | あっはは、流石にそれは無理っしょ。 そうじゃなくて、見る人とのコミュニケーションかな。 |
さやか | いつものとは違うんですか? |
瑠璃乃 | うん。 ロックフェスを色々見てるとさ、みんなけっこうバラバラなんだよ。 ここでこう! みたいなのが決まってなくて。 |
泉 | その生の臨場感を味わうために、 私が試しにロックのパフォーマンスを披露してみたというわけさ。 |
さやか | なるほど、そこは泉さん、流石と言うべきか。 大歓声でしたね。 |
泉 | 最後は、ね。 |
泉のウインクに首を傾げるさやか。 | |
瑠璃乃 | 実は……泉ちゃんにはいつもの曲とはべつに、 他のロックバンドの曲のカバーも色々頼んでてね。 |
瑠璃乃 | 集まってくれた子にも、 ロックフェスだよって言って、やってみたんだけど。 |
瑠璃乃と泉は問題点が分かっていて、ふたりで頷き合う。 | |
泉 | 私たちの曲が、声援に負けるね。 歌も発声方法から変える必要がありそうだ。 |
瑠璃乃 | ぎり、発声方法は練習できるとは思うんだけど、 曲が負けるっていうのが難しいね。 |
さやか | となると……新曲を用意したいということですね。 だとしたら今、セラスさんが頑張ってくれていますよ。 |
さやかの言葉に、泉は腕を組む。それで解決するかは分からない。 | |
泉 | 新曲というよりも、音源の力かな。 |
さやか | どう違うんですか? |
瑠璃乃 | ロックバンドって、キホンそれこそ生演奏だからね。 音の力が全然違うんだよ。 |
そこまで言われて、さやかも何となく要点を掴み始める。考え込んで、言葉を絞り出す。 | |
さやか | うーん……やはり生演奏しかないのでは? とはいえ……。 |
疲れた顔で瑠璃乃がお手上げのポーズ。 | |
瑠璃乃 | まー……そうは言うけどって感じでしょ? |
さやか | ……ですよね。 いくらなんでも、付け焼刃の限界を超えている気がします。 |
泉 | ああ。 私は、自慢ではないけれど、 多くの分野の大会というものを見てきた。 |
泉 | その経験で言わせてもらえば、むしろスクールアイドルが異質なんだよ。 |
泉の言葉に、さやかも瑠璃乃も注目する。 | |
泉 | 頑張る姿勢が評価される。 スクールアイドルは特にそういう特性が強い向きがある。 |
泉 | もちろんそれが、良さでもあるけれどね。 |
泉 | だが少なくとも、このロックフェスは、スクールアイドルとは違う。 素晴らしいロック、それのみを求めた人たちが集まる場ではないかな。 |
ふたりも納得。同時に軽い諦めがにじむ。 | |
瑠璃乃 | そんな場所に、ロック始めたてのルリたちが、 あまりうまくない演奏で殴り込んだら、 やっぱりみんな喜んではくれないよね。 |
さやか | そうですね。 ロックファンの方々に喜んでもらえて初めて、 わたしたちの目的は達成されるものと思います。 |
さやかの言葉は本当にその通りで、だからこそ瑠璃乃は頷いた。 | |
といいつつ、さやかが協力してくれようとしているのは分かっているので、瑠璃乃は努めて明るい表情を作って言う。 | |
瑠璃乃 | まあ、そういうわけだから、さやかちゃん。 ルリのことは、いったん置いていいよ。 |
瑠璃乃 | 泉ちゃんにお願いしたのも、できるかどうか試すためだし、 無理だったら無理で、もともと引くつもりだったから。 |
と、さやかは俯く。ここで話が終わるという段になって、本当にそれでいいのかという気持ちがさやかの中に湧き上がる。 | |
さやか | ……ですが。 |
瑠璃乃 | ? |
首を傾げる瑠璃乃を見据えて、さやかは問う。 | |
さやか | ……いちおう、聞かせてください。 |
さやか | 瑠璃乃さんは、ロックフェスでのライブを成功させるために、 音源の力を利用しようとした……そういうことですよね。 |
瑠璃乃 | うん。 ロックファンのみんなに最大限楽しんでほしい。 |
瑠璃乃 | 蓮ノ空なんてどこの誰だか知らないけど、 この子たちもロック好きなんだなー…… |
瑠璃乃 | なんて思ってもらえたら…… きっと会場に居る人たちも、嬉しいと思うから。 |
瑠璃乃の優しさから出るその言葉に、さやかは覚悟を決める | |
さやか | 瑠璃乃さんがそう言うなら、きっとそうなんですよ。 |
さやか | それがあるのとないのとで言ったら、 間違いなくある方が良いに決まってます。 |
さやかの気配を察して、泉は口添え。 | |
泉 | そこは私もそう思うけどね。 だからこそ、瑠璃乃先輩の提案に乗ったというところもあるし。 |
泉 | もっとも……そちらの方が素晴らしいステージになる、 瑠璃乃先輩の夢が叶う、ということしか考えてはいないが。 |
そこでさやかは泉の方を振り向く。 | |
さやか | ! |
さやか | 泉さん。 |
さやか | こういう時こそ、日野下インストールです! 花帆さんだったら、何を言うと思いますか! |
そういえばそんなような話もあったなと思い出し、花帆インストールを試してみる泉。 | |
泉 | ふむ。 |
泉 | つまり、花帆先輩ならどうするか、という話でいいんだね? |
さやか | はい、是非! |
泉はちゃんと考える。 | |
泉 | ……やってみよう。 |
泉 | うーん……今は思いつかないけど、 何か手はあるはずだよ! 絶対! |
泉 | みんなに聞いてみよう! あたしが全部できるわけじゃないけど……みんなで、みんなでやろうよ! |
瑠璃乃 | おお、っぽい……。 さすが元役者さん! |
ふっと素に戻って、肩をすくめる泉。 | |
泉 | ……みたいな。 具体的に何をするかは分からないし、そこが花帆先輩の面白いところだね。 |
さやか | みんなで、やろう……。 |
そこでさやかは気づいたように顔を上げる。 | |
さやか | 確かに。 花帆さんは決して、自分ひとりでどうにかしようとは思わない。 |
さやか | 色んな人を頼って、夢を実現する。 その視点が、今のわたしには欠けていました。 |
さやか | 瑠璃乃さんのやりたいことは……ロックファンのみなさんに 最大限楽しんでもらうため、音源の力を利用したい。 |
さやか | たとえわたしたちで生演奏をやることが難しいとしても……! |
瑠璃乃 | さやかちゃん……。 |
そんな瑠璃乃に首を振って、さやかは宣言する。 | |
さやか | 待っていてください、 瑠璃乃さんの想いも叶えられる、ベストなやり方を見つけてきますから! |
ベッドの上で上体を起こした花帆と、近くの椅子に座っているさやか。 | |
看病を吟子からさやかに代わり、今日の話を花帆にしている様子。 | |
花帆 | そっかそっか。 じゃあ瑠璃乃ちゃんの悩みも解消できそうなんだね。 |
嬉しそうに頷くさやか | |
さやか | はい。 なんとですね、軽音部の方たちにお願いできたんです! |
嬉しそうに頷くさやかと、拍手する花帆。 | |
花帆 | おおー。 |
さやか | しっかりと、当日のステージに足る音源を用意してくれるとのことです。 |
花帆 | さっき話したら吟子ちゃんも楽しそうだったし、本当に良かったよ。 |
花帆 | あたしがダウンしたせいで、 いろいろうまくいかなかったらどうしようって、気が気じゃなかったからさ。 |
さやか | それに気を揉んで、体調が戻らなかったらどうするんですか。 |
花帆 | 大丈夫! 熱はもうだいぶ下がったよ。 きちんと、ロックフェスには間に合うからね! |
さやか | ほっ……。 |
花帆 | でも、話聞いてるとあれだね。 音源を頼もうにも、せっちゃんの曲作りはどうなったの? |
さやかがスマホを見せると、セラスからのメッセージが届いている。 | |
さやか | ああ、それは大丈夫です。 こちらを。 |
セラス | 曲できました。 ビバ・日野下インストール。 |
さやか | この通り、セラスさんがしっかりと。 |
優しい顔から一変、ツッコむ花帆。 | |
花帆 | そっかそっか……の前に、日野下インストールってなに!? |
キョトンとした顔のさやか。 | |
さやか | ? 心の中に、花帆さんを宿すことですが。 |
花帆 | あたしの居ない間に何が起きてるの!? |
よくぞ聞いてくれましたとばかりにさやかが朗々と語り出す。 | |
さやか | 花帆さんがいなければ、ロックフェスに対して想いを込めることはできない。 だったら、心の中に花帆さんを宿せばいい。 |
さやか | これもまた、実に花帆さんが考えそうな、 素晴らしい発想だと思いませんか? |
花帆 | 思わないけど!? |
さやか、ショック! | |
さやか | ~~っ、花帆さんはそんなこと言いません! |
いやショックを受けてるのはこっちだとばかりに花帆が言う。 | |
花帆 | ほらもうその花帆さんひとり立ちしてるじゃん! え、みんなそのインストールしちゃってるの!? |
自信満々に頷く、なんならサムズアップするさやか。 | |
さやか | ばっちりです。 |
花帆 | 大変だ!! 早く治さないと、本物のあたしの居場所がなくなっちゃう~~~!!! |
翌朝のイメージ。花帆とさやか以外全員登場。 | |
全員の想いが叶って、いざロックフェスに臨もうと意気込むシーン。 | |
小鈴 | 準備、順調です!!! |
びしっと振りの最後を決めてみせる小鈴に、瑠璃乃は笑顔で拍手。 | |
瑠璃乃 | ほんとだ、振り付けもうまくいってるじゃん。 |
小鈴 | はい! 吟子ちゃんの好きなロックとか、セラスちゃんの好きなロックを見直して…… |
小鈴 | 1個の音楽にも色んな見方があるんだって思って。 そうしたら、自然にできてました! |
うんうんと頷くセラス。 | |
セラス | どれもこれも日野下インストールのおかげと言っても過言ではない。 |
うまくいってるし、実際さやかの日野下インストールには助けられたしで、半ばツッコミをあきらめている吟子。 | |
吟子 | 言い方はどうかと思うけど……ここまできたらもういいかな……。 |
その後ろから、姫芽がにやにやしながら花帆の真似をする。 | |
姫芽 | 一緒に~、花咲こうね~。 |
後ろからのぞき込んできた姫芽を吟子が一蹴。 | |
吟子 | 姫芽のはなんか違う。 姫芽が残ってる。 |
おかしいな、と首を傾げつつ、切り替える姫芽。 | |
姫芽 | あれぇ? |
姫芽 | るりちゃんせんぱいも、何か考えてたんですよね~? |
瑠璃乃がCDを取り出す。 | |
瑠璃乃 | あ、うん。 これこれ。 |
嬉しそうにCDを抱いて、瑠璃乃は続ける。 | |
瑠璃乃 | さやかちゃんがさ。 わざわざ軽音部に行って、音源もらってきてくれたんだ。 |
瑠璃乃 | 今から生演奏のオファーは流石に厳しいにしても……。 |
瑠璃乃 | 全部の楽器弾いてくれて、それを収録してくれたんだ。 蓮ノ空のプレイヤーが奏でる、最っ高の生音音源。 |
瑠璃乃のやりたいことが叶ったのを目にして、泉の目も優しいものに。 | |
泉 | そうか……それは、良かった。 |
優しい空間に、姫芽もうんうんと頷く。 | |
姫芽 | じゃあ、みんなの気持ちがしっかり乗った、 最高のロックフェスになりそうですね~! |
瑠璃乃は噛み締めるように自分のCDを見下ろして呟く。 | |
瑠璃乃 | うん、ルリのことまで、頑張って考えてくれて。 |
小鈴 | そりゃそうですよ! みんなって言ったらみんなですから! |
瑠璃乃 | あははっ、そうだね。 |
そうして笑い合っているところに、どたばたと走ってくる音。 | |
勢いよく扉が開く。 | |
花帆、必死な表情。 | |
花帆 | みんなー!! 本物の花帆ちゃんだよー!!!! |
と、花帆が帰ってきたことを喜ぶように吟子とセラスが表情をあかるく。 | |
吟子 | ! 花帆先輩。 |
セラスが表情をあかるく。 | |
セラス | 花ちゃん! もう大丈夫なの? |
花帆 | うん! 風邪なんてひいてる場合じゃないよ! |
花帆 | ロックフェスに絶対出たかったし…… それに、偽物のあたしに居場所を奪われるわけにはいかないからね……! |
花帆、きょろきょろと周囲を見渡して。 | |
花帆 | あたしは他にいないよね……! |
と、そこに後ろからさやかが現れる。 | |
さやか | 大丈夫、居ませんよ。 |
花帆 | あ、さやかちゃん! |
花帆がさやかを振り返ると、さやかは自分の胸にそっと手を当てて、我が子をめでるかのように呟く。 | |
さやか | みんなの心の中に居ます。 |
花帆、さやかの両肩を掴んで揺らす。 | |
花帆 | んもおおお! 今すぐ追い出してー!! 本物はここだよー! |
そんなさやかと花帆の漫才じみたやりとりに、瑠璃乃が笑う。 | |
瑠璃乃 | あははっ。 でも改めて、このクラブに花帆ちゃんが絶対必要なんだって分かったからさ。 |
花帆 | ぐぬぬ……本当? |
さやか | はい。 今回のロックフェスだって、 花帆さんの思い付きによるものじゃないですか。 |
小鈴とセラスがうんうんと頷く。 | |
それぞれがさやかの言葉を黙って聞いている。 | |
さやか | なんとか、ここまでこぎつけられました。 |
さやか | みなさんそれぞれの想いが乗って、形になって、 わたしたちなりのロックを作った。 |
さやか | ……ロックフェスに臨む準備は万端。 きっとこれは、"花咲くステージ"のための大きな足掛かりになる。 |
さやか | わたしはそう思います。 |
隣の花帆と頷き合って。 | |
さやか | みなさんそれぞれのやりたいことが全部乗って、花帆さんも帰ってきた。 |
花帆 | うん! |
さやか | さあ、改めて……ロックフェスに、臨みましょう! |
花帆&瑠璃乃&吟子&小鈴&姫芽&泉&セラス | おー!! |