105期第5Part ABYSS

第5話『桂城 泉』

ABYSS

159 セリフ3 人物
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  1. 惨めで、つまらない話をしよう。

  2. 小学五年生の夏。当時の私。桂城 泉は、特別でもなんでもない。どこにでもいるような、ただの子どもだった。

  3. 過去をもたず、まだ未来も知らず。今だけを見て、与えられた生を謳歌していた。

  4. この先に待つ運命を、知る由もなく……。

  5. 女優だった母親の縁で、私はとある劇団に所属することになる。

  6. そこで、ひとりの少女と出会った。

  7. 少女と言っても、彼女は当時中学二年生。私の、三つ上の先輩だ。劇団の中心人物だった彼女は、誰にでも人当たりが良く、私ともすぐに、仲良くなった。

  8. 私にはどうやら、演劇の才能があったらしい。すぐに先輩に、気に入られてしまった。

  9. 先輩

    「キミと一緒なら天下を取れるよ! わたしは! 一緒に天下を目指そうじゃないか!」

  10. 「ははは、なんだよそれ。」

  11. あれよあれよという間に、私は演劇の世界に引きずり込まれていった。

  12. 楽しかったんだ。

  13. 先輩

    「泉ちゃん! きょうも遅くまで残ってくれて、ありがとうね!」

  14. 「初舞台が、もう来週だからさ。それに……。」

  15. 「……遅くまで練習しているのは、あなたも一緒に残っているからだよ。」

  16. 先輩

    「なんてかわいい後輩……!いや! わたしのベストパートナー!」

  17. 「よくそんな台詞を、臆面なく言えるね、あなたは!」

  18. 「あはははは。」

  19. 稽古を重ねて、そして。

  20. 先輩

    「初めての舞台は、大成功! さっすが、わたしのベストパートナー! よっし、目指すは──!」

  21. 「目指すは?」

  22. そこで聞いたのは、演劇をしていれば誰もが憧れる賞。どうやら彼女は、本気のようだ。

  23. 彼女は何度も繰り返し、『自分たちなら掴める』と言っていた。

  24. 「うん……うん、わかった! それが『私たち』の……新しい夢だね!」

  25. いつの間にか私たちは、同じ夢を見るようになった。

  26. 夢中になって、夢を追いかけた。

  27. 一年が経ち、二年が経ち、そして──。

  28. 先輩

    「やったよ、泉ちゃん!わたしたち……やったんだ!」

  29. 先輩

    「夢が──叶ったんだよ!!」

  30. 「ああ……。私たちで掴んだ、夢だ!」

  31. 私と先輩は、頂点に、たどり着いた。

  32. 本当に……楽しかった。

  33. 演劇は私のすべてで、私は生涯を捧げるに足る生きがいを見つけたのだと、思えた!

  34. こんなにも楽しい日々が、ずっと続くのだと……。

  35. そう、思っていたのに。

  36. それは……大きな誤りだった。

  37. 「──!? 先輩!?」

  38. ある日、稽古の最中、私の目の前で、先輩が倒れた。

  39. 先輩は寝不足だと言い張っていた。だが、私はずっと気づいていながら、見ないフリを続けていたんだ。

  40. 稽古の時間、先輩が不自然にその場を離れていったことも。昼食後、面倒だと笑いながらも、明らかに多い量の薬を飲み続けていたことも。

  41. 気づいていたのに……この“今”が、楽しかったから……。

  42. 運命はただ無情に、私たちに刃を突きつけた。

  43. 先輩は、病に侵されていた。しっかりと入院をすれば良くなるはずの病気を、先輩は先延ばしにし続けていたのだ。

  44. 私が共に……いたからだ。

  45. 先輩

    「わたしね、思うんだ。この広い宇宙の中で、泉ちゃんと巡り会えたのって、奇跡なんじゃないか、って。」

  46. 先輩

    「泉ちゃんとふたりなら、どこまでもいける気がするの。一緒に、夢を掴もうね。」

  47. 先輩

    「ぜったいに負けないからね! ベストパートナー!」

  48. 先輩は語った。『次の公演に、命を懸けているから』と。

  49. ……私にはそれが、到底冗談のようには聞こえなかった。

  50. 命の最後の炎を燃やし尽くすように、先輩の芝居は苛烈を極め続けた。

  51. 毎秒ごとに猛り、盛る滅びの炎を。看過など、できなかった。

  52. 私は何度も先輩と話し合った。

  53. 話し合いなどという言葉では、生ぬるい。それは、互いの主張を折る戦いだった。

  54. 「病気を治して、また帰ってくればいい!」

  55. 先輩

    「何年かかるかわかんないんだよ! わたしは、夢を諦めたくない!」

  56. 先輩

    「泉ちゃん、お願い。」

  57. 先輩

    「わたしと一緒と行こう。夢の先へ──!」

  58. 「っ!」

  59. それでも彼女は、止まらなかった。誰にも彼女を止めることなど、できなかった。私以外の、誰にも。

  60. だから私は決断したんだ。

  61. 命よりも価値のあるものなどないと──そう信じて。

  62. 先輩

    「泉ちゃん、どうして……。」

  63. 「私はもう、あなたと共には、歩めない。」

  64. 「さようなら。」

  65. 別れ際、涙が頬を叩いた。私にはそんな資格なんて、ないのに……!

  66. そして私は、演劇を辞めた。

  67. 私と共に在る限り、彼女は永遠に無茶をする。私たちはきっと、相性が良すぎたから。

  68. それしか方法は、なかったんだ!

  69. ……ずっと、一緒にいられたら、どんなに良かったことだろう。

  70. 地獄の炎に焼かれながら、ふたり手を繋ぎ、この身が灰になるまで離れないと誓い合えば……! あるいは、幸せな終わりを迎えられたのだとしても……。

  71. それでも私は、彼女に、生きていてほしかったんだ。

  72. そして私たちは、半身を失った。

  73. それから……。私の願い通り、彼女は治療に専念したと聞いた。

  74. 体を治し、そしてまたどこかで、演劇を続けるのだろう。

  75. 私はもう二度と、彼女に会うつもりは、ない。

  76. ……ただ、去り際の彼女の言葉が。

  77. 先輩

    「泉ちゃん!」

  78. 先輩

    「泉ちゃん、ごめんね……。」

  79. 先輩

    「あなたも、きっと……自分の夢を! 自分だけの夢を、見つけてね!」

  80. 「……っ。」

  81. その言葉は。

  82. ずっと、ずっと、この胸を叩き……。

  83. いつまでも私の中に、燃え残り続けている──。

  84. 灰。

  85. 降り積もる、一面の灰。

  86. 先輩と別れ、演劇を辞めた私を待っていたのは、ありきたりでつまらない色あせた現実──などではなく。

  87. 魂の喪失。

  88. 目に映るすべてから、色の消え失せた世界だった。

  89. 頭が痛む。視界が歪む。

  90. なんだ? これは。

  91. 一週間。うまく眠れない。

  92. 一か月。他人の顔の見分けがつかなくなった。

  93. 一年。もう私は、元に戻らないのか?

  94. 無窮。果てしなく長い一秒。目に入るすべてが灰に、灰に覆われている。

  95. どうして私は、こんなことに……!? 誰も教えてはくれない。誰も、誰も!

  96. 私が失ったのは、夢だけじゃなかったのか!? 誰でもいい! 誰か!

  97. どうやら私は、壊れてしまったようだ。

  98. コメント

    ホラーパートここまで。

  99. とてもひとりでは、耐えられない。

  100. 悪魔が、ささやく。

  101. もしあのまま彼女の手を離さずにいたら。向かう先が地獄だとしても、私の世界はまだ、色づいていたのだろうか。

  102. 最期の瞬間まで、笑っていられたのだろうか。

  103. かけがえのない“今”を、失わずにいられたのだろうか。

  104. そんなはずがないと、どんなに己を戒めようとも。悪魔のささやく夜は、終わらない。

  105. 私は彼女の、先輩の命を救ったつもりだったけれど。その代償はあまりにも大きかった。

  106. 私は……。桂城 泉は夢を失い、ただの灰殻となった。

  107. ……だが。

  108. ある日、学校からの帰り道。灰色だった世界に、再び色が浮かび上がった!

  109. それは、公園にいたひとりの少女。先輩かと見間違えた彼女は、しかし実際見ると、似ても似つかない少女だった。

  110. 私は思わず、声をかけていた。

  111. 「……あなたは? ここでなにを?」

  112. そう尋ねる私に、彼女は言った。

  113. 『──夢を叶えたくて』

  114. その瞬間、私の心が震えた!

  115. 世界が、色を取り戻してゆく!

  116. 反射的に、私は手を差し出していた。

  117. 「良かったら、私が手を貸そうか──。」

  118. 少女と共に歩む道のりは、私の胸を昂らせた。求めていたものが、手に入った。

  119. 私はまた、心を取り戻すことができた。

  120. 新たな命を、彼女がくれた。そう、思ったんだ。

  121. だが……。すぐに、気づかされた。

  122. そんな……どうして……。

  123. …………私は……“そう”なのか……?

  124. そういうこと、だったのか……。

  125. 私は、理解したのだ。

  126. 先輩、少女、そして新たな少女、また次の少女。

  127. 夢を叶え、失うたびに、私は何度も突きつけられた。己の、業を。

  128. 私は、誰かと共にいるときだけ、情熱を味わうことができる。自分の中にも炎があると思っていたのは、ただの勘違いで。あれはすべて、誰かが私に注いでくれた熱だったのだ。

  129. 私の第二の人生が、始まった。

  130. ……いや、私は最初から、生者ではなかった。

  131. ずっと、最初からずっと。私は、誰かの生をむさぼり生きることしかできない、亡者だったんだ……。

  132. そして私は。“天才・桂城 泉”と成り果てた。

  133. 誰かの夢を叶えるために、私はなにもかもを捧げた。それはすべて、自分のためだ。他人のためになら天才になれてしまった私は、すべての夢を叶えることができた。

  134. 永遠に夢を見続けることは、許されなかった。

  135. そして、あの日、あの雨の校舎で、私はセラスと出会った。

  136. セラスと出会った頃の私は、亡者としての生き方も上手になっていた。私は自分がどんなに惨めで、つまらない人間なのかをわかっていた。

  137. 他人の夢を叶えることが、今までと同じ繰り返しだとしても。やめることはできない。やめた瞬間に、私は自分が朽ち果てるのをわかっていたから。

  138. まるで永遠の輪廻を味わうように。私は炎に焼かれながら生きるしか、道はなかったのだ。

  139. 悪魔はもはや、私自身だった。

  140. 私は新たなる契約を交わした。セラス 柳田 リリエンフェルトに手を貸し、スクールアイドルとしてラブライブ!を目指し、そして。

  141. そして。

  142. ただ繰り返すばかりだった私の地獄に、光が差した。

  143. 彼女は、私がこれまで救ってきた少女たちとは違った。ただのお姫様であろうとは、しなかった。

  144. セラスは弱く、脆く、幼くて。

  145. そして強く、気高く、眩しかった。

  146. 命の充足が、そこにはあった。

  147. 数多の困難を乗り越え、大勢の助けを借りて夢を叶えたその先に、まだ、セラスの物語は続いていた。光に向かって駆けてゆく彼女は、私の手を強く掴んで、離そうとはしなかった。

  148. 彼女の夢は、欲望は、尽きることがなかった。

  149. セラス

    「わたしの夢を叶えるあなたの夢を、叶えてあげる。」

  150. セラス

    「ただし。今度はそっちが『お姫様』だから。」

  151. 私がどんなに突き放し、諦めていても。決して挫けず、まっすぐに、希望を失うことはなかった。

  152. セラス

    「…………か、必ず! わたしが泉のこと、スクールアイドルにしてみせるから! スクールアイドルのこと、大好きにさせてみせるから! ぜったい! ぜったいに!」

  153. セラス

    「覚えておいてよ!」

  154. セラスの目を通して見る世界は、いつでも輝いていた。ともすると、目を覆いたくなるほどに。

  155. どんな炎よりも皓皓と燃え上がる光。

  156. それは灰に満ちていた私の世界を、照らしてみせた。

  157. セラス

    「一緒に歌おうよ、泉。わたしの曲で、泉の歌を、一緒に。」

  158. セラス

    「“スクールアイドル桂城 泉”を、始めよう。」

  159. 彼女の目に映る私の姿は。

  160. 色づいて見えたんだ。